Sunday, August 12, 2018

時間の決め方

20時頃、オシャレして食前酒(アペリティーボ)や夕食に向かうミラネーゼ達。
初夏の日の入りは21時過ぎで、22時近くまでうっすら明るい。


子供の頃、好きな季節と言えば冬だった。出身地の北海道十勝は冬晴れの日が多く、雪のおかげで遊びのバリエーションも増える。今、イタリアで好きな季節と言えば問答無用で夏。夜の陽が長く、夕食時でもまだ明るい。21時過ぎにやっと夕方が訪れる。夏の夜は特別なリラックスムードがあり、その開放感が最高なのだ。夏の夜はテレビを見ている暇などないと感じるくらいだ。

陽が長いのは、イタリアの緯度が北にあるからだろうと思っていた。地軸のズレのせいで、北欧は、夏冬の日照時間の差が激しく、夏には白夜が訪れる。しかし、調べてみると日本とイタリアの緯度はほぼ同じ。イタリアの陽の長さは緯度のせいではなくて、むしろ時間の決め方のおかげなのだ。

ところで、時計はなぜ右回りなのか?答えは簡単、地上に棒を立てて太陽の影で測る日時計から来ている。日本の標準時は、「国土の中心」あたりの兵庫県明石の日時計をもとに時間を決めている。一方で、イタリアは「国土の東端」の経度の日時計で時間を決めている。なるほど、それで夜が長い訳だ。ちなみに西隣のフランスやスペインは、イタリアと同じ時間帯なのだが、もはや彼らの国土の中に標準時経度がない。だから、フランスやスペインの夏の夜はもっと長い。そして、ヨーロッパ中で、夏は時計を1時間早めるサマータイムが採用される。結果的に夏の夜の陽を長くする仕組みが二段階でなされている訳だ。

十勝の6月末の日の出の時間をご存知だろうか?午前3時台で、もったいない事に夏の朝は遮光カーテンが欲しくなるほどに早い。東京でも日の出は4時半で、東日本では朝起きた頃には太陽がかなり高い位置にあり、太陽と人々の生活のリズムが完全にずれているとしか思えない。もっと自然の恵みを生活に取り入れたい。サマータイムを採用する方法もあるが、それよりもまずは標準時は最低でも国土の東端で決めるべきと僕は強く思っている。単純に、明るい時間のビアホールで仲間と乾杯するシーンを思い浮かべてもらいたい。その開放感は広く共有されるべきではないか。

日本の東端にある北海道東部は、太陽を取り入れる点で大きな損をしている。時間の決め方次第では、十勝のライフスタイルはもちろんの事、日本全体がもっと素敵な場所になる可能性を秘めていると思えて仕方ないのだ。

十勝毎日新聞 2018年7月4日掲載 コラム「仁木岳彦のミラノエッセー」より加筆転載

Wednesday, January 10, 2018

絵本の魔力





新米パパになって不安がる僕に、友人からメッセージが来た。「いいパパにならなくていいから、絵本を読んであげられるパパになってね」。ミラノ在住の僕たち夫婦の会話はイタリア語、たまに英語。 妻は母国語のロシア語で赤ちゃんに話しかけ、僕は日本語での一人芝居に限界を感じていた。国際性に憧れた僕だが、家庭内の多言語環境に困惑し、日本語を教えることにも自信をなくしていたのだ 。な るほど、日本語の絵本なら言葉も教えられるだろうし、最高のアド バイス。 

北イタリア日本人会では毎週、読み聞かせの会もしているそうだ。 そして、彼らの日本語絵本のコレクションの大半は 、児童書の世界では世界随一の規模を誇る「ボローニャ国際児童図書見本市」からの寄贈とのこと。この見本市のなかでも、とく に新人を発掘する原画展(注記参照)は3 0年以上にわたり日本の板橋区立美術館と深い関係があり、日本国内でも巡回展が行われるそう。と聞けば、新米パパはぜひ覗いてみたくなる。写真家というのをいいこと に、関係者限定と言われている見本市に入れてもらえることになり、4月、ボロー ニャに向かった。 

会場内は、まさに絵本の玉手箱。興味深く感じたのは、絵本の主役は無国籍な顔をした子どもが多いところだ。どこの出身かわからないボーダーレスな顔の絵に愛着を感じる。とはいえ、注意深く見ると違いもある。子どもを意識して明快で わかりやすい日本の絵本。素朴で生活感あふれるアフリカの絵本。 教え解くようなアラビアの絵本。電気仕掛けで声が出る中国の絵本。 色調が暗いのに温もりを感じる東欧の絵本。大人っぽくオシャレな西欧の絵本。国際的な比較にワクワクして、 それぞれに惹かれた。むしろ言語に関係なく、素敵な絵本は文句なしにいい! 

結局、その日は動物がテーマのイタリア語の絵本を購入して帰ってきた 。手はじめとして、即興で日本語に訳したり、話を勝手に アレンジしたりして読み聞かせてみた。息子の反応もまあまあで、 順調なすべり出しだ。「日本語も大切だけど、それより文化の多様 性を尊ぶ気持ちとか、心の余裕を育んでほしいなあ」。ボローニャ の絵本たちの魔力のおかげか、日本語教育のプレッシャーに負けそうだった新米パパは、一転して子育てに達観しつつある。 










ANAグループ機内誌「翼の王国」9月号より、加筆転載させていただきました。

  



注記:イタリア・ボローニャ国際絵本原画展は、板橋区立美術館の他、西宮市大谷記念美術館、石川県七尾美術館、高浜市やきものの里かわら美術館などを毎年巡回しています。元来、絵本の原稿でしかなかった原画に注目して、それを芸術の域に高めたのは、彼ら日本の美術館のキュレター達だそう。児童書の国際的な商談がメインであるボローニャの見本市ですが、原画展も重要な位置を占め、絵本作家の登竜門的なコンクールとなっています。審査員は毎年総入れ替え、受賞者は若い作家から、プロのデザイナー、美術学校の先生まで、世界中から絵本制作を目指してイラストレーションの腕をふるっていて、とても見ごたえがありました。