Friday, May 8, 2020

憧れのフォトグラファー、星野道夫さんについて

 

星野さんは、アラスカに住んで動物写真を撮っていた日本人フォトグラファー。密かな自慢なのですが、一度お会いした事があるのです。その時にサインして頂いた写真集には1992年と書いてありましたので、自分は学生時代。星野さんは動物写真家としてはすでに国際レベルで有名でしたが、ベストセラー・エッセー集「旅する木」や、ドキュメンタリー映画「地球交響曲(ガイア・シンフォニー)第3番」などよりも前でしたので、写真界以外では、そんなには知られた人ではなかったはず。


僕は地元が北海道なので、春休みの帰省中、札幌で買い物をしていた時だと記憶しています。あるデパートの最上階で、彼の展覧会が開催中である事をポスターで知りました。動物写真に憧れはなかったものの、星野さんが撮影する写真には、それぞれの動物の性格だとか家族の物語、悲しみや喜びなど、彼ら動物の魂が写っていて、他の動物写真との格の違いを感じていました。まだ、自分は写真を志すことを決める前でしたが、興味津々でデパートのエスカレーターを上っていった感覚を思い出します。

ひと気のない静まり返ったその写真展会場には、なんと星野さん自身がいて、ゆっくりと話す事が出来ました。それ以前に見たドキュメンタリー番組で「熊がいそうな地域でも、銃を持って自然に入ると良い撮影ができない」と彼が語っていたのを知っていたので、すぐにその質問をぶつけてみました。


たくさんのアラスカの写真を背に、とても嬉しそうに質問に答えてくれたのですが、その時の星野さんの浮世離れした瞳に吸い込まれそうになった事は一生忘れないでしょう。到底この世のものとは思えないほどに、瞳が神々しく澄みきっていて「こんな人、見たことない。人間には見えない」そう言う感じなのです。あんな経験は、未だにあの時一度きり。星野さんの目が、映写機の様に光を放っていて、見た事のない世界を僕にジリジリと照射していたような感じさえありました。今でも、その時の「尊いもの」に触れた様な感触を思い出すだけで、なぜか感情が揺さぶられるのです。
「やはり銃を持つと、動物を見下した目線になってしまうからではないでしょうか?」と、自分なりの仮説を質問してみたのですが、「確かにそうかもしれませんね、自分を安全な場所に置くことで、生の自然を感じることが難しくなってしまう、そういうことはあるのかもしれません」といった感じの経験談をしてくださったと記憶しています。「北海道は良いですね、乾いているっていうのかな。やっぱり北なんですね、千歳空港に降り立った瞬間にすぐに感じるんですが、アラスカの空気に似ているんですよ」などと、他愛のない会話なども交わしたのですが、そんな会話の内容よりも、星野さんの存在感が、とにかく強烈で、心地の良い不思議な圧倒感がありました。


その4年後には熊に襲われて、星野さんは人間世界よりも先の世界に旅立たれたのですが、龍村仁監督のドキュメンタリー映画「地球交響曲(ガイア・シンフォニー)第3番」では、亡くなった星野さんはクマの魂を持つ男として描かれていました。自分の守護神がクマであることを知っていたと言う様な内容だったと記憶します。大自然の熊が、クマの魂をもつ星野さんを襲うという、壮大なテーマを真正面から描いていました。地球(ガイア)の息遣いを感じる、これまたオススメの映画です。

「星野さんの目は、クマの目だったのかもしれない」。その映画を見てから、そう思う様になりました。人間の目とは到底思えない感じでしたしね。もし、そうだとするならば、熊と言う動物は、実は底抜けに優しく純粋で素敵な動物であるに違いありません。「熊は危険で獰猛な動物」と言うイメージは、人間目線のエゴが作りあげたものなのかもしれないのです。とは言え一方では、テディーベアなどの熊のぬいぐるみ、クマのプーさん(Winnie-the-Pooh)のアニメ、北海道土産の木彫りの熊などは、愛嬌のあるキャラクターとして、ひたすら愛されているわけですから、よく考えると、僕らにも二重のイメージがあるんですね。

星野さんは、向こうの世界でも、人間と動物の境界線を越えて、旅していると想像します。その境界線を越えたいと旅を続け、もしくはすでに超えていたから超人だったでしょう。人間と動物の境界線上の異次元に、神みたいなものを垣間見ていたのだと思います。

このページ「イタリア日記」(*注)と関係ない事を書いているようですが、振り返ってみると、今自分が、イタリアに住んでいるのも、星野さんと出会った事と関係あるのかもと最近、思うのです。外国に住んでいる事に対し自問する時に、星野さんを意識しないわけにはいきません。


 友人に勧められて、彼のエッセー集「旅する木」を読んだのは、イタリアに住み始めてからでした。どうか、皆さんも、その冒頭を読んでみてください!アラスカに移り住んだ理由や過程が書いてあるのですが、これがひたむきで純粋で熱くて最高なんですよ!憧れの星野さんと自分を比べるのは、本来ならば遠慮するべきとは思いますが、照れずに思い切って言うと、僕もどこか似たような感じでイタリアに惹かれ、何かに押されるような、強迫観念とも言えるような説明不可能な強烈な思いを持って、ここに移り住んだんですよね。それぞれみんな、何らかの使命や役目を持って生きてんだろうなあ。ついつい、熱く語ってしまいます。



(*注)
Web LEON(主婦と生活社)
連載「仁木岳彦のイタリア日記」2016年10月掲載ページから、加筆転載させて頂きました。

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