Friday, December 30, 2016

写真集「天使の写真」を出版しました。

モデナの怪人、ガブリエレ・パシーニ紹介の撮影から始まったレオン編集部とのコラボ。 ひたすら昇り竜なガブや、他のイタオヤ達とひとつの時代を並走してきた事を思い返すだけでも、なんとも感慨深いものがあります。そして今回、僕の個人的なテーマだった天使像の写真シリーズを、「天使の写真 Portraits of Angels」なる写真集としてまとめるに至 りました。カバータイトルには金箔を施し、印刷も写真集専門チームが関わったと言う、こだわりのパワー本。このデジタル時代においても、写真を紙に印刷して「本」として残す事の意義を、最大限に活かした形と言って良いのだと思います。
 

しかし、「ちょい不良なイタオヤ」を専門とするレオン編集部と、「天使」の関連性とは、何なんすかね? 最も遠そうなふたつの要素が混じり合って、ひとつの書籍になったわけですが、、、お互い関係なさそうで、実は関連性があるんでしょうね。イタオヤを至近距離で観察するに、逆説的ですが、自意識過剰で人の目を気にしすぎていたら、スタイルに行き着くことさえできないのでは?と思うのです。時に迷惑でもあり時にチャーミングでもある無根拠な自信が内面から溢れ出ている彼らの秘密は、イタリアがカトリック大国であることと関連性があるように思うわけです。すなわち、遠慮なく「これが俺だ!」と自分の魂 を押し出してくることができるのは、、、最終的に自分の評価の一部を、人目ではない「何か」に委ねているからではないか?と言うこと。深い話でしょ? 要するに、天使などの見えない「何か」に、ジャッジを仰いでいる部分があるからこその、自信のある自己主張。そのベースの次に、流行(モーダ)やTPO(場所やイベント別のドレスコード)がノッテ くるのです。彼らも人を見ますが、他人への興味よりも自分への興味が強く、人を値踏みしてジャッジする感じが圧倒的に少ないんすよね。彼らのライフスタイル全てに通じる地中海の哲学と感じます。あくまで、僕の説にすぎないのですが、この自問自答は、まだまだ続けるつもりです。。。

で、11月には、ちらりと一時帰国して、いくつかイベントしてきました。

まずは、大阪の「阪急うめだ本店」のイタリアフェア。ここで仰天したのは、扇型の大階段がそのまま劇場にもなる古代ローマの都市遺跡の様なゴージャスな祝祭広場。なんとも哲学的な建築デザインですよね。イタリア発祥の楽器オカリナの演奏家やオペラ歌手の演奏会、ワイン講座、講演会など多目的に使われていました。ベネツィアガラスのアクセサリーや食後酒リモンチェッロなどの、アーティストや作り手50人近くのイタリア人が、 このイベントのためにわざわざイタリアから来日。会場を行き来してモノの背景や作り方を見せつつ、文化の交流を果たしていました。「物産展はよくあるけど、村祭りみたいなイタリアフェアーはここだけだぞ」と、参加していたイタリア人が申しておりました。なるほどね、単なる物産展なら、僕の写真集の居場所もないでしょうからね。とにかく、その広場の一角での写真集先行販売、写真展、サイン会、講演会をさせて頂きました。。。。イタリアから行くと違和感のない近めな人の距離感。関西人のコミュニケーションって、柔らかくこなれていて、良い感じの都会ですね。お客さまとの直接的な関わりを存分に楽しみました。



そして、「伊勢丹新宿本店メンズ館」チャーリー・バイスの部屋での、天使ミニ写真展とポートレート撮影会。普段は閉じられている特別な部屋を使わせて頂いたのですが、なんとも濃密な時間が流れていました。ミラノのファッションデパートのアドバイザーをインタビュー取材していた時に、脱線会話で「ISETAN」について随分と逆インタビューされた経験があったのですが、今回納得。あんだけトンがったセレクションで、あんだけの集客力、、、さすが「世界のISETAN」、突っ走っていますね。メンズファッションでは世界最先端を行っちゃってると思います。東京にしかない空間でしょう。最上階8階は、通好みの小物のフロアーで「イセタンメンズ レジデンズ」と名付けられ、世界からの選りすぐりの趣味性の高いアイテムが選びきられていて、一見の価値あり。写真集「天使の写真」は、そこで引き続き取り扱って頂いています! とにもかくにも、チャーリー・バイスの友人として、顔を並べられて光栄です。知的でロマンあふれるアプローチで、素敵なインタビューをしてくれました。
前編
http://chalievice.com/letter/1086
後編
http://chalievice.com/letter/1087




http://kaeruleon.jp/store/CategoryList.aspx?ccd=F1000195&wkcd=F1000011

ジローさんも、良い事言ってくれてますね。『これおかしいよ!だって、一番の天使、アナタが載ってないよ!』 ・・・流石ですね。。。そういえば、イタリア語で「愛しいもの」は、全て「天使」と呼ぶんですよね。例えワガママな女性や子供も「天使」と呼ぶのです!っていうか、天使って、そういうものでもあるのかも???
 

すべてを紹介できないのが残念なのですが、友人知人、または書籍を通じた新しい友人のSNSシェアなどにも感動。代表して、タニさんの投稿『エンジェルの美しさと神秘にこだわった、とても素敵な写真集です』ありがとうございます。「美しさと神秘」改めて言葉を与えて頂くと、写真集に命を吹き込んでくれた様に感じます。


 「Nスタ」などで活躍のTBS古谷有美アナも、エネルギッシュなエンジェル・スマイルで激励してくれました!!!ところで、「#みんみん画伯」で検索してみてください。インスタグラム経由のポートレートや花、カリグラフィー(西洋習字)を多用したプロ並みに 素敵なイラストが出てきますが、全て彼女の作。キラキラが溢れ出ていますね。そういえば、天使って、本当は天使像とか形のあるものではむしろなくて、ふわふわキラキラっとした「魂」みたいなものでもあると思うんです。花でもデザインでも絵画でも写真でも言葉でも踊りでも歌でも詩でもなんでも良いから、方法にこだわらずにキラキラを表現し ていきたいですね!Let’s express yourself!!! エンジェル・スマイルで、世界が満たされます様に!!!



そして、12月のクリスマス時期には、銀座5丁目の東急プラザ銀座のストラスブルゴにて、出版記念の展覧会をさせて頂きました。自分はミラノにいて、準備も任せきりでしたが、書斎に天使の写真を配置したような素敵な展示になっていたようです。人通りも多い外堀通りというところに面している路面店だそうです。足を止めて、店内で見てくださった方はもちろんのこと、通りすがりに「天使の写真」のウインドウディスプレイを撮影していた方々もいたそうです。 そんな報告を聞くと、多少なりとも天使を日本に届けられたという感触が得られたように思えます。
http://strasburgo.co.jp/floor/mens/news/2016/12/-portraits-of-angels.php


 写真書籍はアマゾンなどのネット書店のほか、全国の書店にて取り扱いになっています。
 https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%81%AE%E5%86%99%E7%9C%9F-%E4%BB%81%E6%9C%A8-%E5%B2%B3%E5%BD%A6/dp/4391149818

 次回は、「なぜ天使をテーマに写真を撮ってきたのか」と「月と天使の不思議な関係」に 関してアップしたいと思います!!!




ーWeb Leon イタリア日記から転載加筆させて頂きました。ー
http://www.leon.jp/blog/20161221_niki

Monday, August 15, 2016

サンティアゴ巡礼路 「歩くだけという、 究極にシンプルな旅」  


聖地サンティアゴへの巡礼。最古の記録は951年にも遡り、世界で初めて出版された旅行ガイドブックは「サンティアゴ巡礼案内」だったとされる。大ブームが起こった最盛期の12世紀には年間50万人が挑戦した記録があるそうだ。

1993年には、この巡礼路がユネスコ世界遺産に登録され、一度は廃れた巡礼路を再整備するキッカケとなった。東洋にはヨガなど、体を使った教えがある。それと似た様なモノは西洋にはないかと探していた時に、 女優シャーリー・マクレーンの著書「カミーノ」を読み、その存在を知った。その後すぐにパウロ・コエーリョの「星の巡礼」を読破。周りに経験者がいなく、巡礼の話を誰かに聞くこともできず、情報といえば、たった二冊の本しかなかったものの、旅情をかきたてられるには十分すぎる理由が揃った。


そして2004年の夏、意を決しすべての予定をキャンセルして断行。7月末の満月の日の早朝、スペインとの国境に近い、フランス、バスク地方の街サン・ジャン・ピエ・ドゥ・ポ ーを出発した。バックパックを背負い、カメラを携え、巡礼の証であるホタテ貝を身に着け聖地を目指し歩いた。


ピレネー山脈を越え、約1カ月掛け北スペイン約800kmを横断。巡礼中は高揚して、急に至福感に襲われたり泣きたくなる衝動を感じたりした。山では夏だというのに息が白くなるほど寒く、平野ではスペインの太陽に焼かれ脱水症状で倒れそうにもなった。この旅で初めて、カメラがこんなに重いものだという事を思い知った。道中には巡礼で命を落とした人々の墓碑が数多くあり、そのひとつに日本人のものがあったのが忘れられない。私は旅の最中、日本仏教の聖地である高野山の線香を毎日焚き、自分なりの祈りを表現し続けた。


大聖堂に到着できれば、さして難しいルールもなく、「歩くだけという、究極にシンプルな旅」。宇宙や地球に比べればあまりにも小さい自分が、万物とつながっている一体感。街で暮らす日常からは想像しえない感触を得ることができた。


スペイン北西にある聖地サンティアゴ・コンポステーラに到着した時は、その到達感の喜びもひとしおだったものの、巡礼の答えは、その道中ですでに見つけていた。巡礼を通し、聖なる存在は教会だけではなく、自然の中にもいることを実感し、到着前にすでに満たされた気分になっていたのだ。


巡礼中、ずっと自分につきっきりでいてくれる見えない存在を感じた。私はその存在を守護天使と呼び、ぶっ飛んだ対話を楽しんだ。もちろん、歩き疲れで、気が触れていただけなのかもしれない。ただ、その充実感はひれ伏したいほどに確かなものだったのだ。




Day 1 最初の難関ピレネー山脈。フランスとスペインの国境に十字架が。


Day 2 教会内に設けられた巡礼者専用のベットルーム。満員の日は寝袋で床に寝る。


Day 9 道中、様々なマリア像に出会う。信仰深い巡礼者は静かに祈りを捧げていた。


Day 14 巡礼の中盤は、緩い高低差がある平野。黄金色の麦畑が続く。


Day 15 同じようなリズムで歩く巡礼者とは仲間になる。
彼らの笑顔は旅の励ましとなった。
宗教的な理由での巡礼者はむしろ少数で、多くは夏の冒険として楽しむ。


Day 16 巡礼中は黄色い矢印に沿って歩く。この先には目的地の大聖堂がある。

Day 21 友人たちと語らいながらの巡礼も楽しいだろう。
ただ、不思議と一人で歩く静けさで、孤独を感じる事はない。


Day 28 聖地近くの森の中で、神々しい光彩の写真が撮れた。


Day 30 旅の終着点、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂。
カトリック三大巡礼地の一つとされる。

The Last Day 大聖堂内の巡礼達。それぞれの思いが交差している。
むせび泣く人の姿も見かけた。


雑誌「ローリングストーン日本版」2009年3月号に掲載したフォトエッセーを、加筆転載させた頂きました。








Friday, May 27, 2016

エルサレムで出会った白い光と、聖母マリア。


僕のスピリチュアルな旅は、20代の半ばで訪れたイスラエルから始まったのだと思います。「西洋美術や世界の政治を理解するには、まずは、歴史の交差点イスラエルへ行ってみるしかない!」実は、そんな好奇心だけが旅の動機だったのです。

古都エルサレムでは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地の距離感が想像以上に近く、ほとんど重なるように存在している事に驚きました。土地のエネルギーがよっぽど強いのでしょうね。例え宗教と言うモノが世界からなくなったとしても、根っからの永遠の聖地なのだと思います。物見遊山でそれぞれの祈りの場を訪ねて体感してみました。
 
宗教心もなく興味本位だったにも関わらず、どういうわけかキリスト教の古い教会で不思議な事が起こりました。聖母マリア像の近くにいたのですが、全く突然に、むせび泣く様に泣き崩れてしまったのです。柔らかで暖かな光に四方八方から包まれた様に感じました。
雲のようにフワフワで白く大きな存在と表現しても良いかもしれません。果てしない無限の愛との一体感が嬉しくて、すべての感情が吹き出していた感じでした。5分泣いていたのか1時間泣いていたのか時間の感覚もなく、後にも先にも、あのような100%の幸福感は味わったことがありません。そして、今までの人生のどんな旅も、その白い存在が一緒で、決して孤独ではなかった事も知りました。

巡礼地の教会というのは、たくさんの旅人が行き交うために騒々しく、清々しい雰囲気などありません。そんなザワザワした人々の動きを涙ごしに眺めながら、異次元の白い光の世界を同時に見ていました。矛盾なく二つの平行世界が同居していたのです。探し求めていたわけでもないのに、多分、僕はある種の神秘体験をしたのでしょう。

そして、当時住んでいたニューヨークのアパートに戻り、旅の白黒フィルムを現像してみて、また驚きました。聖母マリア像の額の第三の目が光り、目も涙で濡れている様にも見える、不思議で生々しい表情の写真が浮かびあがってきたのです。

聖堂内のろうそくの光などが、偶然に反射しただけなのだと想像します。撮影時は泣きじゃくっていたせいか、その反射に気がつかなかったのです。とはいえ、聖母マリア像の両目への光の反射が涙をためているような表情を演出し、別の光が額の第三の目のところでバッチリと反射していたことになります。そんな完璧な偶然は、そう簡単には起こらないはずなのです。その後、好奇心で似たような写真を意図的に撮ろうと何度も試みましたが、全く似ても似つかない写真しか撮れませんでした。

この白い光との出会いの体験をしてから一年以上、この出来事を誰にも話すことができませんでした。何をどう話していいのかわからなかったのです。そして、何年も後になって、その教会がエルサレム聖墳墓教会と呼ばれ、僕が号泣した辺りが、イエス・キリストが十字架で磔刑にされて亡くなったゴルゴダの丘とされている事を知りました。

聖母マリア像の写真ですが、額の第三の目のチャクラ周辺が光っているために、東洋の仏像のように見える事が長年気になっていました。西洋の聖母マリアでありながら、東洋の観音菩薩にも見える不思議な写真。実際は聖母も観音も、宗教を超えた世界では同じ存在なのかもしれません。ただ単に、西洋と東洋の女神の解釈の違いなのではないでしょうか。いずれにせよ、この写真の偶然を必然と捉え、いつかスピリチュアルな視点で、西洋と東洋の「橋渡し」や、様々な「際」を外していくような仕事がしてみたいと願うようになりました。

エルサレムへの旅行を境に、少しづつ異次元世界の存在を信じるようになり、人生の目的自体、ひっくり返ってしまいました。号泣した時に目の前にいた聖母マリアを、自分の人生のボスと思うようになりました。地球上のすべてに反抗したとしても、聖母マリアには従順でありたいと思ってしまうのです。
 
しかし、あの白い光は、何だったのでしょうか?聖母マリア自身?もしくは彼女から送られてきたメッセンジャーの天使だったのかもしれません。

この写真を見るたびに思います。一体、聖母マリアは僕に何を伝えたかったのでしょうか?

Tuesday, December 29, 2015

矛盾を縫い合わす妙薬としてのエスプレッソ


イタリアも、日本同様に南北に長い地形ですが、「一律の美」を尊ばない人たちだからか、文化の地域差は日本以上に大きいように感じます。

自分が住んでいるミラノから南下していくと、一番驚くのはなんといっても食事。南へ行けば行くほど、食事にかける時間と量が増えて行くのです。オモテナシ の食事に呼ばれると、3時間は当たり前、10皿越えなんて事も。しかも、美味しいのでギブアップ気味なのに悲鳴をあげつつ、ついつい食べてしまうのです。 イタリアでも特に南の人は怠け者で有名ですが、食事を見る限りでは、とんでもない。要するに、怠けるポイントが違うという事なのでしょう。考えてみれば、 世界中で愛されているイタリア料理の定番、ピッザもパスタも南イタリアが発祥ですからね。


そんな食事に付き物なのが、とめどないコミュニケーション。「テーブルでの会話は、棄権がありえない日々の闘いなんだ」とイタリア人の友人が言うのを聞いた事がありました。

 そんなに知らない同士でも、上手に共通の話題を探してきます。例えば、「今年のバカンスはどうだった?」なんて、当たり障りのない、それぞれのバカンス自慢から始まります。「あそこの海は、こんなに綺麗だった」なんて話から、アフリカの砂漠や、日本などのエキゾティックアドベンチャーの話まで幅もあり、とにかく、それぞれがハッピーであれば良しとする感じ。
 
僕らガイジン勢がいると、「ところでイタリア人って、どんなイメージがあるの?」と質問されたりもします。「シャツをはだけてカッコつけた男が、赤いオープンカーに乗って、女性に声かけているイメージかな」なんて、我々の一人が答えると、「そんな奴どこにいるんだ?」と大笑い、一気に盛り上がります。イタリア人の一人が、いかにイタリアのエレガンスが勘違いされているかの直感的な議論をぶちつつ、当たらずも遠くない我々の指摘を素直に聞き入れる人もいるカオスな状態になってきます。

話題は脈絡なく変わっていき、ワインが効いてくると、日本ではタブーとされる「宗教、政治、スポーツ(イタリアでは主にサッカー)」などの話題になる事も。その頃には、それぞれの思想や贔屓チームの、論理なき意見対立が激しくなっていき、コミュニケーションの佳境に入っていくのです。

地中海文明でも「La Verita ラ・ヴェリタ」、要するに「真理」は一つとされてるらしいのですが、テーブルでの議論ごときが「真理」に到達している事はあり得ないと言う前提なのでしょう。それぞれが自分の意見を直感的に表明するだけで、議論を一つにまとめる気配は全くありません。


 料理と議論でお腹一杯で、いつ、どうやって食事が終わるのだろうかと心配になってくるのですが、そんなタイミングで、食事の最後につきものであるエスプレッソが、意味ありげにうやうやしく登場するのです。これが一応、暗黙の「締め」となり、静かなゴングの合図となります。エスプレッソが、ひと役買ってくれたおかげで、なんとも言えない、ほっと一息の瞬間がやってくるのです。

ところで、イタリア製の洋服は非構築的で柔らかで色気があるとされています。なぜ、そんな特色がでるのでしょうか?一つ例をあげると、あえて縫いしろの長さが違う二つの布を縫い合わせる事があるんです。布は多少伸び縮みしますので、短い方の縫いしろを引っ張りながら縫うと、帳尻があうのです。そこにアイロンをかけると、布が微妙に引っ張り合い、テンションがかかって、見事な立体感となるのです。要するにイタリア服の秘密の元は矛盾。矛盾を縫い合わせているからこそ、色気があって随一なのです。彼らのコミュニケーションの思考回路にも通じるのが不思議です。

食事の後のエスプレッソが、殊更美味しい理由がわかりました。過剰なオモテナシで我々がギブアップ状態の食事や、結論も脈絡もない議論など、洋服のように様々な矛盾のパーツを縫い合わす妙薬の役割を果たすのが、最後を締めるエスプレッソなんです。コーヒーの香りを楽しみながら「お前と俺は意見も違うけど、まあ良い奴だし、また今度食事しよう」と言った許し合いで、人間関係までも立体的に縫い合わさるわけ。終わりよければ、すべて良し。恐るべし、コーヒータイムですね。そんなコーヒータイムが、後で来る事を知っているからこそ、安心して食事中は好き勝手な議論になるのかもしれませんね。

コーヒーの後は、帰り支度を始めるのも自然な流れ。話し足りない場合は、場外乱闘とも言える食後酒へ突入する事も。こちらは棄権が可能だそうで。。。






雑誌「珈琲時間 2016年2月号」に掲載した文章を加筆転載させて頂きました。全国の書店、アマゾンなどで販売中です。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0170CLKC2/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B0170CLKC2&linkCode=as2&tag=kimidayo777-22










Thursday, January 29, 2015

「死ぬことを忘れた長寿の島」エーゲ海に浮かぶイカリア島

ギリシャ神話には、ニケやキューピッド、イカロスなど、天使のように羽のある神様が何人かいます。僕が今いるイカリア島はその名からも想像できる通り、イカロスと縁のある土地だそうです。

ライフワークのひとつが天使像の撮影でもある僕はそんな島の名前と、「老人が長寿で元気な島」という記事を読んで以来、このイカリア島に興味を持ちました。世界でも数か所しかない特別な長寿地域として、沖縄の一部やイタリアのサルデニア島山間部などと共に研究対象として選ばれているそうです。なんと、この島の長寿率は、欧州平均の10倍とも言われています。

 スーパームーンの満月の日に海を眺めていて
「できる限り長生きしたいなあ」と考えたりした。
確かに、そう思わせるくらいの地中海の絶景。

 猫のカップルの昼寝姿。
遠望する山の中腹に養蜂箱が並んでいた。

島をクルマで行くと、ヒッチハイクしている島民に頻繁に出会います。島全体にコミュニティー意識がみなぎっている様子。こんな仲間たちに見守られている感覚も、人生を豊かに謳歌するために重要なことなのかもしれません。

ホテルの朝食のパンやヨーグルトと共に味わう島内産の蜂蜜は、香りに複雑な深みがあって驚きました。地中海の太陽の恵みでしょうか。

ローマ時代には、ここに温泉場があって賑わったそうです。源泉は今でも現役で、公共の蒸し風呂が地元のお婆ちゃんたちの語らいの場になっていました。

 街の広場にて、蒸し風呂で会話したお婆ちゃんに再会。

  豪勢にフェタチーズをのせたギリシャサラダ。

島の南側に天然の露天風呂がある事を聞きつけて、早速行ってきました。海岸に摂氏60度近くもある熱い天然源泉が注がれ、海水と混じり合ってちょうどいい湯加減に。波の押し寄せ方によって、多少温度が下がったり上がったり一定でないのが、更に良い感じ。海水のワイルドな揺らぎに身をゆだねつつ、地中海を最高の気分で眺めてきました。

海岸の石が赤いのは、温泉の色。
源泉近くは日本の銭湯並みに熱く、良い湯加減な場所を自ら探す。


コーヒーの粉の触感も魅力。大概、頼まなくても水がついてくる。

街の広場にはカフェテリアが軒を連ねています。日陰のテーブルに座ってみました。入浴後の心地よい疲労感にギリシャコーヒーのほろ苦さが効きます。 オーダーの際に砂糖の量を聞かれます。フィルターで漉さないので、作る時にコーヒー粉と砂糖を同時に入れてしまうんです。粉がカップの底に沈 むのを悠長に待ってから、のんびりと飲むのです。

読んだ記事によると、老人が元気な地区ではコミュニティー意識の高さや野菜をふんだんに使った食生活、歩行を始めとする運動が自然に生活に組み込まれていることなど、ライフスタイルに一定の共通点があるそうです。

それに、この島の場合はきっとあの香り高い蜂蜜やほろ苦いギリシャコーヒー、それに温泉や地中海の絶景などの刺激が、長寿に良い影響を与えているのでは・などと僕は想像しています。






雑誌『珈琲時間』2015年2月号から、転載加筆させて頂きました
全国の書店、アマゾンなどで販売中です。

Monday, September 15, 2014

ヨガ瞑想と、螺旋の蛇「クンダリーニ」

螺旋のくねりと瞑想
僕の場合、ライフスタイルが、趣味とプライベートと仕事で渾然一体と混沌としているからか、熱意をもって習い事などに取り組む事が、どうもなかなか難しい。

そんな中で、唯一続いているのは「ヨガと瞑想」。15年以上も続いている。さほど上達する訳でもなく、なにか目標があるわけでもないのだが、カラダが欲するので、とにかく続いているのだ。

ニューヨークに住んでいた20代、写真の勉強が一段落した頃、撮影を通して、肉体とその見せ方にも興味があり、ダンススクールに通っていた時期があった。全身を使って表現活動するダンサーに、とかく憧れていたのだ。

ダンサー達の生活を見ていて、彼らがステップを踏む前に、肉体のチューニングに多大な時間をかける事を知った。その頃、ダンススクールで出会ったのがヨガ。多数のダンサーが、単なるストレッチではないヨガの重要性を感じていた様子だった。ダンサー達に混じってのヨガは、ひたすら自分の体の硬さが際立ったものだ。どんなポーズをしてみても、自分の目線が他のダンサーよりも数段高くて、自分が不器用な熊になった様な気分だった。


ウォーミングアップ中のダンサー

ダンススクールのヨガのクラスを何年か続けていた頃、それだけでは物足りなくなり、マンハッタンのチェルシー地区にあったインド系ヨガ道場の門を叩いた事があった。そこは祭壇などもあって、いかにもそれらしい雰囲気があった。特別な呼吸法も教えてくれて、アクロバットなポーズも教えてくれた。元々、ダンススクールのヨガのベースがあっただけに、技の取得は簡単だった。メソッドが確立されていて、先生方に長年の経験がなくても、マニュアルに従って教えられるシステムになっていた。

そして、僕が、そのヨガ道場の数回目のクラスを終えた後、不思議な事が起こったのだった。帰り道、信号で待っていると、腰の辺りが上から見て時計回りに勝手にくねりだしたのだ。そして、チェルシーホテルの隣のビルにあった写真スタジオに戻るために、エレベーターを待っていた時も、また、同じ様に腰の辺りに時計回りの螺旋のくねりを感じるのだった。

「なんだ、なんだ?俺は狂ってしまったのだろうか?」

と自分を疑った。不動の地に立っているはずなのに、自分一人で勝手に、腰の辺りでバランスを取っている様な感じだった。歩いている時にはなにも感じないのに、信号待ち、エレベーター待ちなど、立ち止まると、その動きを感じるのだった。もの好きで好奇心旺盛な僕は、その時、ひらめいたのだった。静かにすればするほど、その動きを感じるのだから、、、

「座ってみよう!」

それが初めての瞑想の体験だった。完全に我流で、どこかで見た様な瞑想座禅のポーズで座ってみた。すると、その時計回りの螺旋の動きは、俄然、活発化した。普段は、僕たちが動く時は、脳が命令して筋肉を動かして、何かの目的を達成する事が多い。しかし、その時は、自分の意思はおろか、筋肉さえも使わずに、背骨の一番下辺りから、込み上げるエネルギーを源に動いている感じだった。その螺旋のくねりは、座っていられないほど強烈な動きで、上からみると必ず時計回りだった。そして、反時計回りには絶対に動かないのも不思議で仕方なかった。不思議な体験に、僕は無邪気に歓喜していた。



 ガンジス川のほとり
早朝の瞑想者


クンダリーニとは。
数日後、書店に駆け込んで、ヨガや精神世界の本を探してみた。入門書には全く興味が涌かず、ヨガとチャクラの難解な専門書を買ってみた。

その本を読み進めるうちに、探していた一行が見つかったのだった。
ーーー生命の根源エネルギーとも言える「クンダリーニ」は、蛇の形をして、背骨の付け根に時計回りにとぐろを巻いて、普段は眠っている、、、、ーーー

「なんと、時計回りと書いてあるではないか????」


 よく見ると、ミラノのドゥオモ大聖堂の丸い天窓に、
三つ巴にも似た、「時計回り」にまわる勾玉風のデザインを見つけた。
この広場を通る度に、つい気になって、魅入ってしまう。

ただ、クンダリーニは鍛錬をして、少しづつ目を覚ますエネルギーであると書いてあった。嬉々として、友人達に自分の体験を語ってみた。みんな面白おかしく「相変わらず、変わり者だなあ」と呆れた感じで話を聞いてくれた。そんな中で一人だけ、「その話、私の瞑想の先生に聞いてみるわ」と言ってくれた友人がいたのだった。

そして、瞑想の師曰く、「その彼をすぐに連れていらっしゃい」との事。僕も自分の疑問解決の為、すぐに瞑想の師に会いに行き、早速、瞑想を習う事に。

そこで習った数々の教えと、初期段階で正しい方向に導いてくれた事には、未だに感謝している。師によると、僕の場合、その時計回りの動きは軸を失って、全横方向にブレまくっているので、クンダリーニのエネルギーに「酔っている」状態なのではないかと言う事だった。クンダリーニ覚醒によるエネルギーは、時計回りなのは正解なのだけれども、その動きは、目に見えないくらいに微細であるべきで、しかも天と地に向かって、もっと縦方向に伸びる様なものでなくてはならないとの事だった。

「書き言葉」と「話し言葉」の教え
ところで、密教と言うのは、相手のレベルによって、教えや話のレベルを変化させて、「口伝え」を重視する教えだ。だから、レベルに合わない書物や教えも、遠ざけなければならない。だから、秘密な部分もあるわけだ。レベルの低い人が、レベルの高い教えを無闇に読んだりすると勘違いを起こす可能性が高いと言うのが密教の「話し言葉」を重視するロジックだ。

僕が試しに通ってみたインドヨガ道場は、初心者の僕にも呼吸法やアクロバティックなポーズをシステマチックに教えてくれた。指導者に長い経験も必要なく、要するに、マニュアルのヨガポーズのパターンを、養成コースの短い時間で習得して、教えてくれていたのだ。このマニュアル文化は「書き言葉」を重視しているロジックと言えるだろう。

その時計回りの螺旋のくねりの動きに関しては、そのマンハッタンのインドヨガ道場の先生達にも質問してみた。しかし、彼らのレッスンの後に、その動きを感じたのにも関わらず、誰も納得のいく答えをくれなかった。本当はカラダ全体を少しづつ覚醒していく必要があるのに、いきなり高度な技を教えてもらい、しかも簡単に習得してしまったために、クンダリーニの一部がバランス悪く、一時的に目覚めたと言う事だろう。

瞑想の師によると、そのまま、時計回りの動きを無闇に楽しんでいたら、心身のバランスを崩していただろうという話だった。振り返ると、その頃の僕は、線が細いまま、感性が尖ってしまっていて、なんとも脆い感じだったのだ。それからと言うもの、自身のアンテナの先は針の様にとんがっていても、円錐の様に底はどっしりとした安定感になるように、地に足が着いたスピリチュアルな感性を鍛える訓練をしていく事とした。早い段階で、方向性を改める事ができてラッキーなケースだったと言えるだろう。

ヨガや瞑想も侮れない。十分にその教えの深さを理解していないと、良い方向にも悪い方向にも作用するだろう。そして、「書き言葉」のロジックの危険性を思い知ったのだった。初心者にもマニュアル通りに高度なテクニックを教えてくれたのが、僕を必要以上に刺激したのだ。「書き言葉」では、すべてを説明する事はできない。そして、書物やマニュアル、単純化したメソッドから勉強するだけでは、絶対に習得できないモノもある。無限の方向性とレベルが考えられるヨガや瞑想などは、師について「話し言葉」のロジックの「口伝え」を通して、学ぶべきだと思うのだ。

ミラノで、とぐろを巻く蛇のデザインを見つけた。自分のカラダが内包していた動きが、 見事にシンボル化されているのだから、初めて気がついた時は、本当に驚いたものだ。救急車には「アクレピオスの杖」、薬局には「ヒュギエイアの杯」と言う ギリシャ神話に由来するシンボルが描かれているのだ。ギリシャ神話でも、螺旋の蛇のくねりは、「生命の源」と理解されていたのだと、僕は確信している。いにしえの英知が、身近なところに描かれていて、僕は観る度にハッピーになる。日本でも、「アクレピオスの杖」が描かれた救急車があるようだ。救急車を見かけた時は、是非とも注目してみて欲しい。



ギリシャ神話に登場する名医アクレピオスは、蛇が絡まった杖を持っていたと言う。
 「アクレピオスの杖」は医学のシンボルとして、
WHO(世界保健機関)、軍医や衛生兵、そして、各国の救急車などに使われている。
西洋でも東洋でも、生命の源のイメージが似ていると言えるのではないか?
僕のカラダにも内包されていた螺旋の動きが、
ミラノ市街を走る救急車に描かれていたのだ。



  ギリシャ神話で、ヒュギエイアは名医アクレピオスの娘。
彼女が持っていたのが「ヒュギエイアの杯」。
こちらは薬学のシンボル。
ヨーロッパの薬局の看板などに良く使われている。


地球とコリオリ。
螺旋のくねりの動きが、決まって時計回りだったのは、地球の自転が体に影響を与えているのではないかと、僕は勝手に結論づけている。

ところで、我々が日々使っている「時計」が、右回りなのは、北半球の日時計の動きに由来する。南半球では、日時計の影は左回りに回るのだ。我々が毎日使っている時計が右回りなのは、時計が北半球で起こった文化だからだ。

それとも関係があるのだが、「コリオリ」と呼ばれる物理の法則に、自分の体が反応していたのではないかと思うのだ。例えば、水瓶に水を張って底に穴を開けると、北半球では、水は反時計回りに回りながらに落ちていく。対して、南半球では、その逆に時計回りで落ちて行き、赤道直下では水は回ることなく落ちて行く。

そんな水の動きにも見られる様に、重力には、多少なりとも回転がかかっているのだ。「空」を体験すると、その重力の微細な回転を感じて、カラダがバランスを取るのではないだろうか?それをクンダリーニエネルギーと呼んでいるのだろう。

だから、もし、インド文明が南半球で起こったなら、クンダリーニは反時計回りに蛇がとぐろを巻いていたと解釈されていた可能性もある。


瞑想で束ねられるカラダ、キモチ、アタマ。 
そして、僕の少ない経験と理解の範囲では、ヨガのエキササイズでのカラダのチューニングが、瞑想の方向性を決定づけている。僕の瞑想は、体を駆け巡るエネルギーを注視しているだけで、その情報があまりに多く、アタマからの雑念が浮かばないと言うタイプだ。ヨガでカラダを動かしていない時期は、瞑想もうまくできない。

自分を「アタマ」、「キモチ」、「カラダ」と、三つのパートに分けて考えて見る。僕は何かに迷った時は、「アタマ」の論理や「キモチ」の情動よりも、「カラダ」の情報に委ねる事にしている。もし、「アタマ」からの情報に従って動くと、経験上、低次元なスパイラルにはまっている自分にもがく事になる。理想としては、「カラダ」からの饒舌な情報に、まずは「キモチ」を、そして「アタマ」を順応させていく感じだ。

単純化しすぎかもしれないが、「カラダ」と「キモチ」と「アタマ」を一体化する事が、すなわち幸福の原点なのではないかと感じている。そして、僕の場合は、それらを一体化して束ねる作業が、何を隠そう瞑想なのである。

個人的にも社会的にも様々な場面で、我々は、「カラダ」や「キモチ」から切り離した、「アタマ」の情報で決断している事も多いだろう。そして、その「アタマ」からの情報は、世をスピード感をもって発展させる事ができても、それを歪んだ形に発展させている原因ではないかと、僕は思っている。


突然、柔らかくなったカラダ
あと、もう一つ関連する事で、面白い出来事があった。僕は学生時代から、ダンサーの写真をずいぶんと撮影した経験がある。ある時、ダンスの舞台を撮るだけではなくて、、、自分も振り付けに関わりながら写真撮影をした事があった。要するにダンスの舞台などを客観的に撮影するだけではなくて、僕も積極的に振り付けの指示をだして、撮影のためにダンスしてもらったのだ。撮影しているうちに、ダンサーとの息も完全にシンクロしていく。自分が踊っているかのような錯覚を覚えたりした。


彼が踊ると、なぜだか劇場全体の空気が揺れた。

不思議だったのは、その撮影の日を境に、僕の体が糸人形の糸が切れたように急に柔らかくなったのだった。日頃からヨガを欠かさない生活をしていたので、自分のカラダの硬さは熟知していた。どんなポーズがどれくらい出来て、どんなポーズがどれくらい出来ないかは、カラダで覚えていたはずなのに、ある日突然、床にべったりとカラダを沿う事ができるぐらいに、柔らかくなってしまったわけだ。

多分、僕らの生活は必要以上に、アタマが限界を作ってしまっているのではないだろうか?「人生はこんなもんだ」、「人間の能力はこんなもんだ」、、、普段は色々な限界の壁を作って生きているのに、あの時は、その限界の壁を、撮影を通して超えてしまったのだろう。僕は、時に妙に素直な部分があるからか、ある意味では勘違いなのだが、撮影時にダンサーと一体化してしまい、アタマが作っていた限界の糸を、ぷっつりと切ってしまったのだろう。僕らのカラダが硬いのは、筋や腱などのカラダの細部が硬いだけでなく、アタマが硬い事の証拠に他ならないのだ。

僕らが、スポーツやダンスや音楽などのパフォーマンスを見て、うっとりするのは、そんな限界を少しでも超えようとする、彼らの集中力に感動しているのかもしれない。。。スポーツやコンサートを観る事によって、勘違いでもアスリートやパフォーマーになりきる事で何か、アタマの限界を破ってくれそうな気がするから、僕らは、繰り返し彼らを見に行くのではないだろうか。

糸人形の限界の糸をもっと切って、人生のステップを自由に踏みつづけたいと思う。アタマで作られた限界を、自分に押し付けない限り、カラダは、元来とても饒舌なものなのだもっと、その声に耳を傾けるべきではないか?ただ、重要なのは、カラダの奥から込み上げてくる様な溢れるエネルギーほど大切なモノはないのに、決してそのパワーに酔ってしまってはいけないのだ。このバランスは、様々な場面に応用できるような気がしている。

Tuesday, July 16, 2013

ストリート観察のすすめ ミラノファッション


あるストリートファッションのブロガーが、最もインスパイアされる街にミラノをあげたと聞いた。世界中の道端で、お洒落さんを追っかけて写真を撮っている人が言うんだから、説得力があるはず・・・・・。それ以来、僕もキョロキョロ観察しながら歩くことにした。

世界の情報発信の中心地ニューヨークには住んだこともあるし、すべてが小洒落たパリにも何度も行ったことがある。そんな強豪を押しのけて、 我が街ミラノが世界一の座に輝くとは、いかなる所以か?

 
乾いた太陽と相性が良いサマードレス
ベルトで腰回りのラインを見せるのがポイント
女優のクラウディア

確かに流行の特別な服装をまとっているわけでもないのに、格好の良いミラネーゼが確かに結構いる。僕の観察の成果としての意見は、彼らが格好良い理由は多分、服のサイズが体に合っているからだろうということ。

そういえば、近所にも、たくさんのお直し屋がある。需要があるからか、歩ける範囲内だけで5〜6軒。自分サイズにきっちり直した服は生地が体に綺麗に落ちて、服が立体的に見える。スーツなんかは当たり前、ジーンズも裾丈どころか幅も。。。ドレスだって絞れるところは絞って、Tシャツまで直す人もいるらしい。まあ、20世紀の大量生産がはじまる以前の時代には、一着ずつ縫っていたわけだから、直すくらい当たり前なのかもしれない。

新鮮な魚介料理で知られる「Ristorante 13 Giugno」の名物オーナー 
サヴェリオさん ミラノを代表する伊達男の一人
お店で自ら歌う事もあるエンターテーナー

ちょっとおなか周りに貫禄が出て来たオヤジさんだって、それを隠すためにゆったり目の服を着るよりも、サイズの合った服を着た方がセクシーなのを知っている。対して女性も胸元やウエストを強調した服を来て、視線浴(?)にも慣れている様子。ギリシャ、ローマ文明から続く人間賛美、生の絶対肯定の地中海の思想に根ざしていると考えるのは大げさだろうか。

そして、見られる感覚を研ぎ澄ませるには、道端の劇場の役割を果たすピアッザ(広場)が、一役買っている。街の中心や教会の前などには、ピアッザがあって、近くにはコーヒーやアペリティーボ(食前酒)を飲むためのバールなどがある。「じゃ、ピアッザにでも行こうか?」「何しに?」「人を見に、そして見せにいくためさ(Per vedere e farsi vedere)」などという言い方もあるとか。

そんな人生を楽しむ人の生き方が、ブロガーをインスパイアしているに違いない。ミラノに来たら、ショッピングの合間に、ピアッザのバールの席に腰を下ろして、そんなミラネーゼを眺めてみてはどうだろう?



全日空機内誌「翼の王国」
2013年5月号の巻頭コラムより加筆転載しました。