Tuesday, November 8, 2011

マヤ暦の滅亡論とは程遠い、水瓶座(アクエリアス)の革命について

 
このブログを始めたキッカケ
 
2009年に約1年程、集英社のWEBUOMOと言うネットマガジンの片隅にブログの連載をさせてもらっていた。「お前の文章は、なんだか難しいから、あんま読んでねえよ」と悪友から罵(ののし)られながらも、月に数回、自分が選んだテーマで書いていた。その連載が終わり、実はそれをキッカケに、私はこの個人ブログ「ミラノ徒然フォトエッセー」を始めたのだった。ブログ内のいくつかの文章は、ネットマガジンに書いたものを、そっくりそのまま転載したものである。
2009年の11月の「水瓶座の時代、Global Brain, 2012」の回も、そのまま転載したものだ。2年前の文章なのだが、今、読み返してみて改めて、その新鮮な内容に驚いている。ただ、悪友の罵り(ののしり)は謙虚に受け止めたい。文章の一部は太字で引用しつつ、もう一度、分かりやすく噛み砕いて考えてみようと思う。

滅亡はない。マヤ暦の終わりは、人類の次元上昇のサイン

まずは、1996年頃にニューヨークで瞑想の師から聞いた話。
「2000年から、たくさんのショックな事が起きるから心配しないように。戦争や自然災害などで地球が揺さぶられるはず。それで、嘘とか闇があぶり出され るの。2012年の末を境に、地球がアセンション(次元上昇)して、人類の内面レベルが一つあがる。その移行期は、大変かもしれないけれど、あなた達は、 その変化を準備する要員になっていくのよ。水瓶座の時代がはじまっていくのを見届けたいわ。。。。。。」ー
マヤ暦が2012年12月22日で終わるために、 人類の滅亡や世の終わりを意味する終末論を聞くことがある。しかし、その区切りは、実際には新しい時代の幕開けのサインとなるらしいのだ。地球と人類が成長して、もう一つレベルの高い未知の世界に入って行くと言う。終末論どころか、むしろ、歓迎すべき出来事なのだ。西洋占星術の区切りで言うと現在の地球は、紀元0年あたりから2000年間続いた魚座の時代が終わって、次の2000年間続く水瓶座の時代に入る移行期間となる。

私たち無名市民の一人一人が目覚める事がキーとなるらしい。

2011年、確かに日本でも大きな地震と津波がおきて、おおいに揺さぶられた。3月11日以前と以後では、人生の価値観が変わってしまった人も多いだろう。そして、原発事故とインターネットを行き交う情報のおかげで、良くも悪くも、政界や財界などの嘘が、あぶり出されている。それも、私たち人類のレベルが一つあがるための準備と言えるのかもしれない。今は亡き瞑想の師が、生前に真剣に語っていた事が、今更ながら心に迫って来る。

魚座の時代から、水瓶座(アクエリアス)の時代へのシフト。

友人の話によると、、、
まず、2012年から2013年にかけてのアセンション、すなわち地球と人類の次元上昇によって、人類の意識の革命が起こると言うのだ。例えば、点で1次 元を、平面で2次元を、立体で3次元を表す。3次元とはすなわち、私たちが住んでいる世界である。加えて、私たちが自由にコントロールできるのは、この次 元まで。それに時間軸を加えて4次元となる。ここまでは簡単に意識できる。さて5次元、6次元とは、どんな世界なのだろうか???アセンションによって、 そんな未知の次元が、これからはもっと身近になって行くだろうと言うのが、友人の説だった。「最近、シンクロニシティー(共時性、偶然の一致)や、テレパ シー、直感などが、冴えてきてない?」と私に聞くのだった。実は、年々、自分の直感は研ぎすまされてきている様な感覚があった。すでに地球はフォトンベル トと言う宇宙の光の帯に入りつつあって、人間の意識の変容をうながしていると言う。時代のシフトは、もうはじまっていると言う訳だ。加えて、その5次元や 6次元といった、いわゆる見えない世界の事が「分かる人」と「分からない人」の差も、これから激しく「2極化」して行くらしい。ー

この「愛」と「怖れ」の二極化は地球上に二つのパラレルワールドをつくる程になると言う。

個人的体験では、1990年代の後半ぐらいから、偶然が不思議に重なるようなシンクロニシティーが頻発するようになった。2000年代に入ってからは、直観がさえるようになり、時にはテレパシーのようなものを感じたり、別次元からのメッセージの様なものを受け取る事も出て来た。あと最近、ごく稀にではあるが、嘘をつく人と言うのが、その人の発するムードで分かるような感覚を感じる事がある。これらの体験が、私の単なる個人的体験ではなくて、人類の次元上昇と関係があるのだとしたら、世の中の仕組みそのものが変わってもおかしくない。例えば、政治家などの欺瞞も、市民がみんなムードで分かってしまうのだから、自然と放っておけなくなってくるだろう。極論だが、世の中を変えたかったら、政治などに直接働きかけるよりも、市民一人一人が心を開いて愛情の直観能力を磨くのが最短なのかもしれない。

ミラノのある教会で見つけた魚の図柄。
十字架がキリスト教のシンボルになったのは4世紀頃で、
その前までは魚の絵(イクトゥスフィッシュ)がシンボルだった事も。


そして、魚座の時代と水瓶座の時代の違いはと言うと。。。
魚座の時代(西暦0ー西暦2012)は物質文明に加えて、精神文明が深まって行った時代であった。「愛、許し、献身」に人類が気がついた時代とも言える。 「愛、許し、献身」で、私はキリストを思い出した。彼の出現が魚座の時代と関係あるのかもしれない。しかし、自分の属するグループへの「献身」が行き過ぎ て、排他的に他のグループと反目しあう面も強調された。それぞれのグループが、男性的なピラミッド型の縦社会を形作り、他のグループを自分のグループの傘 下に納める競争さえも、献身の目的になってしまったのだと言う。情報も上から下へ縦の一方向に流れる社会を形作った。
それに対し、水瓶座の時代(西暦2013ー西暦4000年???)は、魚座の男性的な縦社会から女性的な横社会にシフトして行く。競争から協調のネット ワーク社会に変わって行くとも言える。情報も魚座時代のように上から下へと言う縦の一方向ではなくなり、もっと自由に横からも下からも流れるようになる。 「博愛、平等、自由」がキーワードである。水瓶座の時代の革命は、カリスマなリーダーを必要としない。目覚めた一般市民達が横のネットワークのつながり で、物事を決めて行く。そして、5次元、6次元を意識した直感的な市民が一般化していくと言うのだ。そして、女性的な横社会の中で、女性性が重要な役割を 担って行く様になって行く。ー


女性性という意味では、「アラブの春」革命のネットワークでは、意外にも若いアラブの知的女性がアクティブに活動しているとも聞いた。彼女らは、ネット上で、新聞などで使われる正式なアラブ語の文語体ではなく、平易な口語体で議論するのだそうだ。もう一つの例としては、日本の脱原発運動では、ママさん層が何と言っても原動力だと言う。東日本に住む子を持つママさん達の母性の苛立ちこそ、現在の日本の精神的マグマとも言えるかもしれない。
今、魚座の時代から水瓶座の時代へ移行していると考えると、2年前に書いた文章の説明が、現状に見事に符合していく。
 
プラカードには、スペイン語で「資本主義 =(イコール)人災 」。
 何万人もの人が集まったマドリッドのソル広場のデモ。
デモは反社会的で暴力的な人達がするものと
思っていた私には拍子抜けするぐらいに穏健なものだった。

今、世界中で起こっている事を一つ文脈として考えてみる。

ここの所、追いきれない程に次々に大きな出来事がニュースを賑わしている。中東各国の情勢。アメリカの金融政策や、連鎖的な崩壊を怖れている危うい通貨ユーロと経済格差デモ。日本の地震と津波、原発事故。そして、日本以外でも頻繁に起こる地震に、火山、洪水も含めて、休みなしに起こる世界中の自然災害。どれもこれも、一見、とてもネガティブな事象である。そして、当事者にとっては、想像も絶する大きな傷となっている事だろう。そんな痛みを噛み締めつつも、しかし、冷静な大きな視点でみると、これらは我々が次の時代に移行するために必要な事なのかもしれないのだ。
今、世界中で起こっている様々な事を、この一つ大きな文脈で考えても良いのではないか?と言うのが私の提案なのだが、どうだろう。

例えば、もし、日本で原発事故が起こらなかったとしたら、今程に日本の市民の意識が目覚める事もなかったはずだ。
生物の遺伝子に異変を起こす可能性のある事故がおきているのにも関わらず、事故の詳細さえ発表されない。縦社会のピラミッド上部では、情報のトップダウンで、すべてを今まで通りに進めたいのだろう。なんといっても、この旧体制的な縦社会のシステムの限界について、我々が議論を始めた事が、ある意味では、なんともポジティブな事なのではないかと私は思うのだ。

志のある者は、ピラミッドの頂点ではなくて、ネットワークの強い結び目に

世界中でも、同じ様に市民が結束し始めている動きがある。キッカケは、自然災害だったり、経済の行き詰まりだったり、独裁制だったりと、様々とはいえ。。。「インターネットを道具」にし、「カリスマのあるリーダー無し」で、「市民同士のつながりを強さ」にしていている点で一致している。
これからは志のある者は、人に影響を与えるピラミッドの頂点を目指すのではなく、人に共感を与える、縦横無尽の編み目状ネットワークの、強い結び目になっていく事を望むべき時代なのかもしれない。

チェゲバラの様なカリスマが
懐かしいと思える時代が来るかもしれないと2年前に書いた。

「懐かしい彼方のカリスマ」と、「ネットワークの強い結び目」のイメージ
私の頭に浮かんだのは、双方とも2009年の
ヴェネツィア美術ビエンナーレでの写真だった。
新しい時代の感覚は、まず芸術家によって表現される。
彼らの超高感度なアンテナを侮ってはならない。

Global Brain(地球の脳内)を駆け抜ける

ところで、インターネットのネットワークは、我々の脳のネットワークを模していると言われている。脳は体の司令塔と信じられいる。しかし、注目すべき事に脳内のネットワークには司令者はいない。複雑な脳内ネットワークが共同で答えを導きだす。今の現象は、地球そのものが脳になってきているとも言える。生まれて間もない、まだ歴史の浅いインターネットだが、最近、Twitterや、Facebookなどのソーシャルネットワークを使っていると、時にそんなGlobal Brain(地球脳)を体験しているような錯覚を覚える。他の人が発信した情報に喚起されて自分もアイディアを発信し、自分自身が脳の神経シナプスの一つとして、地球の脳内を駆け抜けているような感覚だ。
もしかすると錯覚ではないのかもしれない。実際にソーシャルネットワークは、チュニジアやエジプトなどの旧体制を倒すこととなった革命において情報伝達の武器となった。この情報の横方向の流れは、Global Brain(地球脳)そのものと言えるだろう。

このインターネットの情報の流れと同じイメージで、電力などのエネルギーなども、現在の大会社から市民への一方的なトップダウン方式ではない新しい方式のものが、一刻も早く発明される事を期待している。なんらかの形で、みんなが自家発電して共有できるような方式が世に出て来た時には、ピラミッド型の縦社会に依存しなければならない理由がなくなってくるだろう。

歴史は繰り返す。しかし、もっと長いスパンで見てみると、ターニングポイントがあり、歴史は繰り返さない。そして、2000年以上前の事になると、歴史学ではなく、考古学の世界になってしまう。そこまでさかのぼると、推測するしかない位に謎だからだ。魚座の時代の前にあたる、紀元前の牡羊座の時代は、我々は考古学の知識しかない。要するに、我々が歴史と呼んで大切に語っているのは、高々2000年間の話で、それはそのまま魚座の時代の歴史に過ぎない事を忘れてはならない。議論中などに「歴史をみてみろ」と、この2000年間の例を持ち出したり、ちっぽけな自分の体験の過去を振り返ったりする愚者にはなりたくないものだ。未来は過去の続きとは限らないからだ。

究極的にはとてもポジィティブな事なのだから、、、

この魚座の時代から水瓶座の時代への移行も、すべてがスムーズには行かないだろう。変化の過程では揺り戻しもあるに違いない。移行した所で、別の問題も出て来るはずだ。しかし、変化の方向性は明確なのではないか。
水瓶座の時代は、これから永き2000年間続くと言う。私たちは今、シフトのさなかにいる。完全にシフトが終わるには、何十年かかると言う説もあり、まだまだ先かもしれない。2012年12月のマヤ暦の終わりで、世の中が大転換するわけではなく、一つのターニングポイントになって行くと信じている。だいたい、マヤ暦は終わる訳ではなくて、一回りして、単に次のクルーがはじまるのだけなのだ。次の次元に移り行く世界を、この目で見て行きたい。その過程では、暗黒やカオスが表出する事もあるだろう。しかし、怖がる必要もない。この変化を、出来る限りみんなで楽しんでいこうではないか。。。今、起こっている事はすべて、究極的にはポジティブな事なのだから。世界の被災、戦災犠牲者の死を無駄にしないためにも、そんな心意気を大切にしたい。彼らも、別次元から私たちが歩を進めるのを見守ってくれているに違いないのだ。

地球や宇宙にも、
私たち生物と同じ様に、気分やバイオリズムがある。

宇宙のバイオリズムに身を任せようではないか。

私たち市民の意識が、愛情を持って新次元の直観の世界に素直に心を開けば、シフトは穏健に進み、市民の多くが怖れで心を閉ざせば、シフトをこじ開けるために劇的な要素が加わるのではないかと言うのが、稚拙ながらも私の仮説だ。ちっぽけな既得権益を守る事など、所詮、無駄な抵抗なのだ。星の配置と、宇宙のバイオリズムに、ゆったりと身を任せてみようではないか。
「愛情」と「怖れ」の二極化のパラレルーワールドができるとするならば、出来るだけ多くの人が、新次元やすべてを受け入れて「愛情や直観」の世界を感じられますように。そして、そんな仲間ができるだけ増えますように。そして、自分もそこに参加できますように。

Saturday, November 5, 2011

復興の祈り




「復興の祈り」(国民みらい出版)が発売。石原慎太郎知事、千葉麗子さん、乙武洋匡さん、片岡鶴太郎さん、西田敏行さん、吉永小百合さん、渡辺謙さん、いしだ壱成さんはじめ、300人のメッセージを掲載。機会を頂き、26番目のメッセージ(59ページ)は、私からの祈りです。
推進派や反対派、ナショナリストやアナーキスト、たとえ思想や主義主張が対立していても、復興を祈っていると言う想いは一緒なのかもしれません。本がミラノに送られて来て、何気にページをめくっている時にそんな事を思いました。 
もし、書店などで見かけるような事があったら、ひと時でも手にとって頂けると幸いに思います。 

Wednesday, October 19, 2011

パリのカフェからの手紙ー天使探しの旅

最近の私の撮影のテーマは「天使」。天使像を撮るためにミラノの自宅を離れ、パリへと旅してきました。キリスト教美術に溢れるヨーロッパに居を移して10年以上の時が経ちました。そんな美術を丹念に見て行くと、多種多様な天使達が至る所で登場するのを見るたびに、いつかテーマにしたいと思っていたのです。

 パリ最大の墓地、ペレラシャースの天使像。
小さいけど有名な天使。

 作家のオスカーワイルドのお墓にはファンのキスマークが。
死んでも、これだけ愛されれば、作家冥利につきるのでは?

 作曲家ショパンのお墓は花で溢れ、記念撮影するグループも。
優れた芸術は何世紀も生き延びる事を再確認してしまった。
芸術家のお墓の愛され方は特別だった。

調べてみると、教会や美術館だけでなく、パリの墓地には立派な天使像が多いと分かりました。墓地とは最初は意外でしたが、地図を片手にした観光客もかなりいました。作家のオスカーワイルドの墓にはたくさんのキスマーク。作曲家ショパンの墓では花が飾られ、記念撮影に興じるグループ。湿った感じはあまりなく、静かな彫刻公園という印象。趣向を凝らしたお墓を脇目に「天使を探す旅」もなかなか楽しいものです。

ちなみに今日はお墓ではなく、セーヌ川左岸のある教会に映画スターの様な大天使がいると聞き、かなり探し歩きました。やっと見つけたものの、光の状態は刻一刻と変化するし、彫像だけにポーズの指示はできないし、なかなか根気のいる撮影でした。ただ、動かないのに、撮る角度でまったく違う表情をみせるので、人物撮影とは違う面白さもありました。

噂の映画スターの様な天使は圧倒的な存在感だった。

  かつてはヘミングウェイが原稿を書いていたかもしれないテーブルで、
現代のパリジェンヌは携帯電話を使って情報交換したり、
おしゃべりに興じたりしていた。

 コーヒーとミルクが惜しげもなくたっぷりと別々の瓶に。

ようやく、今ひと仕事終えて、カフェで一服しています。サンジェルマンデプレ地区の「レドゥマゴ」。サルトルやボヴォワールが根城にし、ピカソやヘミングウェイも足繁く通った名店です。彼らの議論を想うだけでも刺激的。何しろ世界的な文学や哲学が、ここで生まれたのですから。

カフェオレはここでは、Cafe’ Cremeと呼ぶそうです。コーヒーとミルクが別々の瓶にたっぷりでてきて、これまたオシャレ。と言うか、その佇まいが長居しても良いというサインにすら思えます。要するに、議論したり、原稿を書いたりするには、まさに最高の場所なのです。

屋外席の椅子がみな通りの方を向いていて、それも気に入りました。道ゆく人や隣の客を眺めているだけでも、彼らそれぞれの物語を感じ、全然飽きません。パリのカフェ文化が生まれた地とあって、興奮気味です。

値段もさほど高くなく、観光客だけでなく、パリッ子たちも使っています。文学や哲学の妖気が今も漂っているのは、そのあたりの絶妙なさじ加減かもしれません。さずがはパリ。Cafe’ Cremeは成熟した大人の薫りがしました。

この一杯が効いたのか、天使の写真に添える文章などが浮かんできそうです。では、また。
 
 現在でもカフェが主催する文学賞があるそうだ。



Thursday, July 28, 2011

ミラノで垣間みたチャリティー精神、日本人としての自分

震災の数日後、その訪問者は昔ながらの方法で、私の家にやって来た。互いの携帯番号やメールアドレスを知らないのだから、仕方がない。アパートのドアベルを、いきなり鳴らして来たのだった。近所の教会の日曜ミサで会う人だった。会う度に挨拶を交すのだが、それ以上の間柄でもなかった。イタリア空軍に働くお父さんで、たまに制服を来て、子供と歩いているのを良く見かけた。なんの用事かと思ったら、神妙な面持ちで伝えて来た内容は「地震のニュースを聞いたのだが、家族は大丈夫か?何か、助けられる事があったら言って欲しい。もし、チャリティーのイベントなどもあったら、それも教えてくれないか?」と言う事だった。

 近所のキオスクで見かけた「復興」の文字

彼以外にも、沢山のイタリア人の友人達や、知り合いが、日本の事を心配してくれた。電話やメール、または道端で、家族の安否や日本の状態について気遣ってくれた。遠い日本での出来事を、こんなに身近に感じてくれている。そして、出来る範囲で、何かをしたがっている人がたくさんいるのだ。なんと有り難い事だろう。

震災から数日後にはカトリック系の新聞が、震災について私に取材をした。それが紙面に載ったその日、ミラノ郊外の教会の神父が私にコンタクトをしてきた。「是非、私達の教会に来てスピーチをしてくれないか?」と言う。こんな時に、日本人と対話を持ちたいと言う人達がいて、それを断る理由は何もない。4月の初旬に、彼らの教会に行って来た。スイス国境にも近いであろうミラノ郊外の田舎町までは、車で小一時間程かかった。その集まりは、復活祭前のお祈りを兼ねていた。神父は、十字架の道行きというお祈りを早めに切り上げて、私を紹介した。何から話して良いかよく分からなかったが、彼らが次々に質問してくれたので、それに答えていくだけでも、ある種のスピーチになった。私がどうして信仰に至ったかの話と、震災後の日本の状況が話題の中心だった。日本では、カトリックが、かなりのマイノリティーである事に、みんなまずは驚き、そんな中で私が聖母マリアとの出会いを通して信仰に至った経過を話した。そして、震災については、ニュースそのものはみんな知っていたわけだから、日本の友人達がメールなどで私に知らせて来た話を中心に話した。出版業界の紙やインク不足など、災害地以外の被害についての話も結構新鮮に響いたようだった。都心の飲食、娯楽業界も大打撃を受けている事も、熱心にうなずきながら聞いてくれている人が何人かいて、救われた感じがした。そして、彼らはすでに、募金を集めてくれていて、それを渡したいがためにも、私を呼んだ事も分かった。田舎街の小さな教会のわりには、その募金がかなりの額になっていて、とても驚いた。日常生活では見た事がない高額紙幣も何枚も入っていた。まあ、額はともかくとして、そんな気持ちがとても嬉しかった。日本人の友人がいないカトリックコミュニティーが、日本人の私にわざわざコンタクトをとり、その新しい友人である所の私を呼んでまで、助けとなりたいと願ってくれたわけだ。募金を預かるなんて経験は私にとっては初めてで、預かった後、とても緊張した。他人の良心を預かったようなものだからだ。色々と調べて、カトリックのボランティア支援組織カリタスジャパンに送る事にした。

レオナルドダヴィンチ科学博物館で行われたイベント『Arte e Natura』
日伊の芸術家の講演会冒頭で、震災被害を想い、黙祷を捧げる参加者

その他にも春から夏にかけて、チャリティーイベントが目白押しだった。草の根で自発的にたくさんのイベントがあり、そのすべてに参加するのは到底、無理だった。そのすべてをここで紹介できないのも残念だ。ただ、普段通りの生活が負担にならない限りは、とにかく参加する事にした。

まずは、3月末には私も作品で協力したARTE GIAPPONEが企画したグループ展とコンサートがあった。在ミラノの日本人アーティストや音楽家の賛同と協力を得て実現した。イタリア人も大勢、押し寄せて来て大成功。アート作品の売上金と募金箱の義援金すべてが、被災地に送られた。Luce per Giapponeと言う有志が企画した別のコンサートも、ミラノ市内の中央で開かれた。その義援金は南三陸町の幼稚園の再建に使われるという事だった。ミラノがアートやオペラの中心地と言う事の地の利を活かしたイベントだった。

Arte Giapponeで行われたコンサート
いつ聞いても感動を誘ってしまう「ふるさと」


Luce per Giapponeという有志が集まって実現した
ここでも、コンサートの最後の方で、
オペラ歌手達が歌う「ふるさと」

世界中のデザイン界が集まるお祭り、ミラノサローネ(家具デザイン見本市)の時期にも、知る限り、『チャリティーボックス展』と『For Smiles Japan』と言う二つのイベントがあった。

『チャリティーボックス展』と名付けられたイベントでは、工業デザイナーや建築家などにいわゆるチャリティーボックス(募金箱)をデザインしてもらって、それを展示すると言う試みだった。見に来た人は、自分が気に入ったチャリティーボックスに募金し、それが則ち震災救援募金になると言う粋なアイディアだった。ミラノサローネの期間は4月の中旬。よくも、あそこまで準備できたと思う。

 『チャリティーボックス展』の様子

 チャリティボックスの一つに真剣に寄せ書きをする子供

 『For Smiles Japan』では、震災直後に被害地に入った在東京のイタリア人写真家ジャンニ・ジョスエ氏(www.giannigiosue.com)の写真を飾り、 寄せ書きコーナーがもうけられた。写真家自身も実際に来てくれて、スライドショーと講演をしてくれた。現地の声をイタリア人から聞くと言う不思議な体験だった。ミラノのトルトーナ地区と言う、ミラノサローネの期間では最高に人通りの多いゾーンが会場だったせいか、意図せず、なにげに入って来る人も多かったようだ。


 『For Smiles Japan』での、ジャンニジョスエ氏の講演会の様子

元々、ここ数年、イタリアでは、日本の存在感が上がって来ている。まずは空前の和食ブーム。9割が中国人経営とはいえ、ミラノには300軒もの和食レストランがあるとも聞く。私がミラノに来た10年前からくらべると10倍以上の数になっている計算になる。MTVでは日本のマンガをオシャレ文脈で放送し、キティーちゃんグッズを街で目にしない日はまずない。ミニマリズムのシンプルな家具や空間の事を、「ジャッポー(日本的?)で、アルマーニスタイルよね」と若者のスラングにも絡んでいるくらいだ。元来の東洋人を蔑む目線から、「日本や日本人が、もしかしたら、オシャレで格好良いのではないか?」と言うように、若者の意識は完全に変わりつつあった。ファッションブログのページでも、日本人が被写体として、かなり食い込んでいるのも、彼らは決して見逃さない。

 ミラノのブティックで見つけた日本向け募金箱

そんな意識の高まりの中で震災でみせた日本人の落ち着きに、イタリア人は自分達にはないものを感じ、惹かれてたようだ。私が日本人なので、元々、日本に興味のある人達が寄って来る。しかし、震災後はそれ以上の何かを再確認させてくれた。彼らがチャリティー精神を発揮する時、お返しが欲しいわけではない。友情のような、なんらかの連帯感さえ感じる事ができれば、それで満足している。今回のこの場面では、日本は全面的に助けを求めても良い局面だったはずだ。

大抵のチャリティーイベントは、日本人が企画をして、それにイタリア人が絡んで来る形を取っていたが、完全にイタリア人が企画したイベントもあった。Camera 16という画廊の写真展は、「KOKORO」と言うタイトルをつけて、80人の写真家が参加した。ミラノの写真界のネットワークが、この写真展を成功に導いたようだ。参加している写真家の中には、知った名前もいくつかあった。イタリア人独自でも、日本のためのチャリティーをしようとしてくれていたのだ。彼らの行動力に、ひたすら感謝したい。彼らイタリア人に誘われ、私も写真で参加した

 完全にイタリア人主導で企画されたチャリティー写真展『KOKORO』

この時期、私はミラノのロータリークラブでも講演する機会に恵まれた。「日本人がイタリアから学んでいるものと、イタリア人に学んで欲しい日本的なコミュケーション」について、話した。私たちが勝手にイタリアから学んでいる「ちょいワル」や「ミラノマダム」という概念を説明したり、イタリア人が惹かれている我々日本人のコミュケーションの空気感についての謎を解き明かしたりしてみた。ロータリークラブの友人から最初に講演の話があったのは去年だったので、当初はただ自分の写真の世界観を見てもらおうと思っていた。ただ、日本の存在感が、震災後色々な意味で高まっている以上、日本人の私は日本の事を語る必要性を感じた。。。

ミラノのロータリークラブでの講演。

理想論として、人の事を国境で分けたりしたくない。ただ、外国に住む私は自分が日本人である事を、時には気にしなくてはならないようだ。まずイタリア人から見ると、私が日本人であると言う事実はかなり重要らしく、何かと日本の事を聞いて来る。彼らにとっては私は日本という国と文化を代表する存在なのだ。そして、この外国人の私を暖かく迎え入れてくれている。それどころが、助けてくれようとしているのだ。

日本の文化と人間性を磨いて来た先人達に、ただただ感謝している。しかし、逆を返せば、放射線や放射性物質を地球にまき散らしている国の一員としても、堂々と矢面に立たなければならないのかもしれない。我々が過去の世代に感謝するように、未来の日本人は、我々世代に感謝してくれるのだろうか?果たして、今、我々がするべき事を遂行しているのだろうか?

 ミラノのコーラスグループが企画した
チャリティーコンサートの会場前には
イタリアと日本の国旗が。


Wednesday, May 11, 2011

空気の売り買いをはじめた人類

映画「不都合な真実」に嘘の匂い

映画「不都合な真実」を見た時、釈然としないものを感じた。 アルゴア元合衆国副大統領が制作したドキュメンタリー映画で、CO2(二酸化炭素)による地球温暖問題を訴えたものだった。これをキッカケにCO2排出の規制がはじまり、環境問題が世界で注目される事となった。この運動が評価され、アルゴア氏とIPCC(気候に関する政府間パネル)と言う団体には、ノーベル平和賞が送られた。


人類のおごりは、空気の売り買いにまで達した。
なんと愚かなのだろうか。


しかし、この映画の内容とアルゴア氏の自信ありげな笑顔に、私は「嘘」を感じた。もちろん、私の勘違いかもしれないのだが、普通のドキュメンタリー映画ではありえない、なんとも奇妙な匂いが嗅覚を刺激したのだ。深夜のテレビショッピングを思い出した。付けるだけでお腹の脂肪を燃やせる魔法の器具や、一部屋丸ごと数分でペンキ塗りしてしまう魔法の大型スプレーなど、、、ありえない代物を大真面目に売っているのが滑稽で笑ってしまう。そんな感覚を、この映画から感じたのだった。「アルゴアさん、一体何を売りたいのですか?」

ただ、その映画は、深夜のテレビショッピングのような安っぽい広告ではなく、世界最強の広告代理店が請け負った巧妙で大掛かりなものだった。グラフや写真を巧みに用いて、自信いっぱいに語られる。ただ、頭には訴えても、まったく心には届かなかった。奇妙な感覚としか言いようがない。

地球温暖化問題は、原子力発電のキャンペーンだった?

しばらくして、地球温暖化と人為CO2問題のキャンペーンの仕掛人は、原子力発電の利権グループとつながっていると言う話を幾人から聞いた。ネット上で、関連記事を見つけるのも容易だった。いつもは陰謀論的な記事には、それほど深入りはしないのだが、その時ばかりは、あり得る話だと思った。自分が感じた奇妙な感覚に説明がつくからだった。そう、映画「不都合な真実」と地球温暖化問題は、原子力発電のキャンペーンだったと言う可能性だ。その頃「原子力ルネサンス」と言う言葉が、アメリカ発の新聞記事でしきりに踊っていた。

考えてみれば、地球の環境には様々な問題がある。アマゾンの森林破壊や、アフリカや中国内陸部の砂漠化、酸性雨、オゾンホール、諸処の大気汚染や水質汚染、植林と花粉症、科学肥料や農薬、遺伝子組み換え種で荒らされた畑地など、考えつくだけでもいくつもある。それが、アルゴア氏の運動によって、他の環境問題は後回しにしても、「温暖化と二酸化炭素の排出問題が最重要」と奇妙にも集約されてしまった。環境問題は、そんな単純なものなのだろうか?
 
「CO2の排出は地球の温暖化の理由であり、そのせいで地球が悲鳴をあげている。早く手を打たないと恐怖の未来が待っている」そんな国際世論は疑いない事実として受け入れている。そして、その救世主がCO2を排出しない原子力発電であり、人類はこれから「原子力ルネサンス」を起こさなければならない。世界のその大きな流れは、誰にも止めようがなさそうな勢いがあった。新聞を読む限りでは、国家規模の受注獲得合戦が激化して来ている様子だった。


 巡礼中は地球との充実した対話にひれ伏した。
どうしても温暖化の理由が人為CO2とは思えない。


私は、サンチアゴ巡礼で800kmをひと月かけて歩いた事がある。地球との充実した対話に、ひれ伏した。耳をかたむけると、地球はとても饒舌に語ってくれた。人類の最大の一心同体のサポーターは地球であり、地球自身も生命体だったのだ。そんな感覚で、試しに地球にも直接に聞いてみた。どうしても、温暖化の原因が人為CO2だとは思えなかった。

懐疑論者の説

気になって調べてみると、地球温暖化懐疑論者がいる事を知った。地球が温暖化している事さえ認めていない科学者もいるらしい。実際に、ノーベル賞が与えられたIPCCの地球温暖化のデータの捏造が明るみが出て、クライメート事件と名付けられた事もあった。なぜデータを捏造までして、世界に訴えたいのだろうか?

地球温暖化は認めても人為的なCO2が原因ではないと言う説を唱える学派もあるらしい。地球の温度が上がったり下がったりするのは自然現象だというのだ。1970年代には、CO2の排出量が増えているのに、寒冷化していた時期もあり、説明がつかないと言う説だった。もう一つの説は、地球の温度が上がると、水温も上昇して海に溶けているCO2が空気中に放出されるというものだった。地球の温度とCO2の空気中の濃度が連動するのは当たり前の事だとする説だ。

地球の環境は常に一定とは限らない。むしろ、ダイナミックに環境を変えながら今に至っている。例え地球が温暖化していたとしても、人類が出すCO2のせいだけではないと、私はどうしても思ってしまうのだった。たいした確証もデータもないにも関わらず、地球温暖化の人為CO2悪玉説と、原子力ルネサンスの大きな流れには裏があり、なんらかの嘘があると言う事が、いつのまにか私の心の中で確信となっていた。私は危険な思想に入り込んでいるのだろうか?それとも私の直観が正しいのか?


市民に恐怖をあおると言う点で一致する社会の頂点、旧勢力と新勢力

我々のピラミッド型の資本主義の社会構造の頂点には武器商人や、石油、石炭などのエネルギーの源を握る者が君臨していると言われて来た。強いものが弱いものを戦いで押さえ込み、支配してきた。誰に武器を売り、誰がエネルギーを握るかで、大まかに勝負は決まってしまうと言えよう。ブッシュ家なども、その勢力の一角と言われている。合衆国などでは、軍需産業と官民が結びついて軍産複合体が形成され、戦争が長い期間ないと経済が疲弊してしまう。基本的に20世紀の途中までは、戦争の種はどこにでもあり、その産業構造も安泰だった。ただ、冷戦が終わった後、理由のよく分からない戦争が続いている。仮想にでも、敵をつくって、戦争を仕掛けないと経済システムが動かないからだ。
元々、戦争と言うのは領地拡大などをめぐって、自分の利益の為に仕掛けるものであった。現在、人類は領地拡大などではなく、石油利権の獲得や、経済システムの拡大のために戦争を欲している。そして、戦争には大義名分が必要だと考えている。自分の利益のためなのは、同じなのだが、「大義名分を必要とすると言うプロセス」に、なんらかの社会構造の成長が見られる。しかし、その為には仮想でも敵を作り上げなければならない。その敵が市民の「怖れ」をあおり、人を殺し血を流す事の大義名分を得る。
軍需産業も大企業なわけだから、大きな広告費が使えるはずだ。その広告費は政治家の選挙費用や、様々な種類のプロパガンダに使われていると考えられる。

そんな旧勢力の社会の頂点に挑むのが、アルゴア氏などの原子力ルネサンスの新勢力と言えるだろう。最近ではマイクロソフトの創業者のビルゲイツ氏も次世代原子力発電に投資し、講演会などで啓蒙しているらしい。ただ、仮想の敵は他国ではなくて「自然環境」である。地球温暖化と石油、石炭の人為的な消費で出るCO2の悪玉説を利用して、世界世論も味方につける。そして、迫り来る未来の自然の「怖れ」をあおり、CO2を出さない原子力推進の大義名分を得る。

旧勢力と新勢力、双方とも市民に「怖れ」をあおるという手法で一致する。「怖れ」こそ、市民をあやつる最大の道具なのだ。


 パリ近郊を旅していた時に、列車の車窓からふと撮った写真。
異様なエネルギーを発し、インパクトのある風景だった。
原子力発電所だとわかったのは何年も後だった。


怖れの対象が戦争から自然環境へ

ただ、原子力発電は必ずしも、環境にやさしいとは限らない。光害(ひかりがい)、温排水、放射性廃棄物などの問題がある。

原子力発電は、一度スイッチをONにすると核分裂がはじまり、発電し続ける傾向にある。スイッチをONにしたりOFFにするのは至難の技だと言う。使用料の少ない夜に発電量を下げる事ができない。それで、夜に電気を使う事を推奨する事になる。夜がどんどん明るくなり、光害(ひかりがい)という公害が生じる。多くの生態系は夜に活動するものも多い。夜の闇が来ないのだから、生態系のリズムが混乱してしまう例も多数あると言う。

原子力と聞くと、難しい仕組みの様に感じてしまうのだが、要は産業革命以来の方法と同じで、熱でお湯を沸かして、蒸気でタービンをまわす技術だそうだ。その熱量の中で、発電に使えるのは三分の一程度で、三分の二は単に暖められた水だという記事さえあった。膨大な温排水を垂れ流しにしていて、周辺の海水の温度を上げている。地球の温暖化への影響を言及する科学者もいるらしい。だいたい原発が温暖化の原因になる可能性さえあるのだ。

放射性廃棄物に至っては非現実的な年数が書かれていて驚いた。まずは、50年間は冷却し続ける必要があり、その後については決まっていない。つまり、最終的な処理については、まだ答えがないのだ。500年経っても発熱し続ける可能性もあるというではないか???もちろん、これらの記事は過激な反原発派によって書かれたものだろうし、大げさに書かれている場合もあるだろう。

まあ、しかし、仮想敵との戦争で人を殺して血を流すのを手伝う武器商人や、石油、石炭などのエネルギーの源を握る旧勢力的な世界の頂点よりも、自然環境を怖れる方法で原子力を推進する新勢力の方が一歩先を行っているのかもしれない。世界の頂点勢力が市民の「怖れの感情」を利用する事には代わりはない。ただ、怖れの対象が「戦争」から、「自然環境」と見事な変身をとげようとしていた。核の平和利用。これも人類の緩やかなる成長と受け入れるべきなのか???

「原子力ルネサンス」の大きな流れに生理的な嫌悪感を感じつつも、その大きな流れには、とてつもない勢いがあった。ただ、気を許した友人などには、なにげに意見を言う事にしていた。知り合いしか読まないミクシー日記などにも、この問題について書いてみた。私の良心の呵責だった。反対意見があっても言わないならば、それは加担していた事になる。

無害になるまで10万年???

新聞紙上などで明るい未来を指し示していた「原子力ルネサンス」を考え直すような事件が、まさか自分の国で起ころうとは考えもしなかった。2011年3月11日の震災では、いわば過激な反原発派が昔から心配していた通りに、福島原発での事故が発生した。海外のニュースでは大きく、大げさに核爆発について取り上げられた。日本のニュースが、「ただちに影響はない」と、ノン気な事を言っているのも気になった。これほどまでに、ニュースの温度差を感じた事はない。あの日以来、事故の推移にも興味があったが、原子力発電というテクノロジーそのものについても読み直した。

日本の国内だけでも、たったの1年間で長崎型原爆の1万発分のプルトニウム、広島型原爆の4万発分のウランの放射性廃棄物(いわゆる死の灰)が作られると言う。日本中の原発が、何の間違いもなく、すべて想定通り完璧に作動していても、そんな人工放射能が年々蓄積されていると言う。その処理方法も行き場もないままに。。。

放射性廃棄物が無害になるまで10万年かかると言う記事があった。フィンランドで、地下500メートルの深い穴を掘り、そこ最終処理施設つくって放射性廃棄物を埋めるというプロジェクトも実際に始動していると言う。その穴は決して10万年の間、掘ってはいけないし、近づいてはいけない。10万年もの間、それを語り続けなければならないのだ。人類が地球に存在しているとも限らない、そんな遠い未来まで。

そもそも、 過去が判明している我々の歴史は2000年しかなく、現生人類のホモ・サピエンスの全歴史さえ、25万年前しかないと言うのに。

そして、万が一、事故が起きた時には、死の灰がふり、住めない土地が出来てしまう。事故の規模によっては、その住めない期間が天文学的に長い事もあるだろう。

完璧に作動していても放射性廃棄物で局所的に、間違えて事故が起これば広範囲に、生物が住めない死の土地が出来てしまう。しかも、時には天文学的な年月に渡って。

これは、地球に対して申し訳ないのは言えないだろうか。自然の生態系と相容れないものを生成して、地球に汚点を作っている。もし、地球に感情があるならば、これに対しては怒っても仕方ないと感じてしまう。「生態系の循環システムを超えるものを振り回すのはよしてくれ」と思っているであろう。地球との対話では、そんな言葉が聞こえたような気がした。

原子力以外にも危険なものがあるだろう?という話もある。しかし、放射能が生物の遺伝子に直接的にダメージを与える点で大きく異なる。生命への冒涜とは言えないだろうか。

石炭や石油を燃やしてCO2が増える方が、まだマシではないか?たとえ、それが理由で温暖化したとしても、それは生態系の循環システムの中での営みなのだから。ただ、それを謳歌しすぎるのもいかがなものか?という議論はあっても当然だ。まあ、でも人類が自分達の首を締めているに過ぎない。空気が汚れ、やがては枯渇するまで掘り続けるだろう。人の殺し合いや戦争も、人類の愚かな営みと言えよう。しかし、それは地球に申し訳ないと言う程の事でもない。それも生態系のシステムの中での出来事に過ぎないのだ。

地球の視点からみると、環境問題が、生態系内のものならば、人類を滅亡させてしまえば環境を元に戻すのはさして難しいことではないはずだ。ただ、放射能は人類を滅亡させても、かなり長い間残る事になる。地球にもお手上げだろう。


とても長いモスクワの地下鉄のエスカレーター。
地下空間は核シェルターの役割も兼ねていた。
冷戦時代は核抑止力の競争でもあった。
ただ、その時代は完全には終わってはいない。


市民が怖れを克服した時、世論誘導は極めて難しいものとなる

戦争も愚かだが、もっと愚かなのは人類が「空気の売り買い」をはじめたことだと、私は思っている。CO2排出権という奴だ。おそらくは原発利権を持つ新勢力が地球温暖化を利用して、CO2悪玉説を盾に空気の売り買いのビジネスを思いついたのだろう。石油、石炭を燃やすためには空気を買わなくてはならない。なぜなら、それは悪で未来の恐怖だからだ。世界の世論もまんまとその方向に傾いた。空気にまで値段を付けた彼らの目論みは、崩壊すべきである。人間のおごりが頂点に達したと、私は考える。

武器商人や石油、石炭などのエネルギーの源を握る旧勢力の世界の頂点に関しては、その愚かさに、良識のある市民は気がつきはじめている。 それに挑む原発利権と温暖化利用の新勢力。これから、彼らの新しいカラクリに着目する目覚めた市民も増えて欲しいと願っている。

遠い未来の事になってしまうかもしれないが、この巨大な権力の両方が共倒れするような事は起きないだろうか?原子力発電の技術は、核爆弾をすぐにでも作れると言う。それは間接的に核抑止力の軍事バランスにも貢献する。石油石炭軍事の旧勢力と、原子力の新勢力とは、複雑にからみあっているのだ。旧勢力の一部の陣営がそのまま新勢力に流れたり、その逆も簡単にありうるだろう。投資家達などのお金がどこに流れるかは、その時流で自在に変化するものなのだから。

もし、彼らが共倒れする様な事があったら、そんな時、やっと新しい健全な環境産業が育つような気がしている。まったく新しいエネルギー様式も世界に顔を出すに違いない。今、私たちが議論している原子力、火力、風力、水力、太陽光、地熱、ガスタービンなどは、その新しい発電様式が産まれるまでのつなぎなのではないかと、なぜか私は直観し、夢を見ている。友人達にも、そんな夢を見て祈ってもらいたい。そんな友人達が増えれば増えるほど、可能性が高まり、実現の時期も早まる事だろう。志ある科学者の努力が、どうか報われますように。 

我々一般市民が「怖れ」を克服した時、新旧勢力ともに、世論の誘導は極めて難しくなる。簡単な結論だが、それがキーだ。彼らは「怖れの感情」を利用して世論を誘導してきたのだから。ピラミッド型の社会構造そのものが崩れる可能性は、一人一人の心にかかっている。我々の心が世界を作っているのだ。

一つの帝国やシステムが、永遠に続く事はない。時代が移りゆく事も「怖れて」はならない。

ところで、人の感情の根元を探っていくと二つの感情に行き着くと言う。 それは、「愛」か「怖れ」。「怖れ」からくる感情を克服すればするほど「愛」からくる感情が増えていく。まずは自分の胸に手を当てて、自分の感情を見つめてみたい。

Wednesday, March 23, 2011

ミラノ大聖堂での天使の出陣式


大聖堂で聞く「兎追いし、かの山」
3月20日の日曜日、ミラノの大聖堂にて、「日本の震災の被害を受けて亡くなられた方々の冥福を、また生き残された方々の対応力の恵みを祈るためのミサ」が行われた。カトリック教徒にとって、今は、カーニバル(謝肉祭)後、イースター(復活祭)前で、信仰生活において、クリスマス以上に最も重要な時期とされる。そんな時に枢機卿でもあるミラノ大司教が日本の為にミサを捧げると言うのだ。

 
(祭壇前には「平安」と書かれ、焼香中には合唱団が「ふるさと」を)

私が着いた頃にはすでに満席で、ミサははじまりつつあった。みんな静かに座っていた。私は、カメラを持って歩き回る事にした。教会内のいくつかの小さなバリケードを通過。無事、報道陣のいるエリアにもたどり着けた。祭壇に掲げられていた書の「平安」の意味がなにか?とすぐに隣の新聞記者に質問された。最前列には、ミラノ市長やミラノ日本総領事の姿が見えた。

(お焼香に並ぶ日本人など関係者の列)

まず、仏教のお葬式などで行われる「お焼香」の列に驚いた。カトリックの教会でも、お香は使う。しかし、普通は、神父がメタルの球形の香炉にお香と炭をいれて、それをチェーンにつけて振り回すような形で焚かれる。信者が列をつくって、「お焼香」と言うのはありえない。カトリック信者以外の日本人も「祈りを形に出来るように」と言う粋な計らいと思われる。日本に長く住んだ事のある神父さんのアイディアに違いない。しかし、カトリック教会も、なかなか柔軟な対応だった。さすがイタリア、ラテンの地。

お焼香の間、合唱団が文部省唱歌の「ふるさと」を歌いだした。日本人ならば、それぞれが、自分の日本の故郷を思い出したであろう。望郷の想いと震災への祈りが重なって、心に突き刺さった。涙を流している日本人も少なくなかった。

兎追ひし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷(ふるさと)

想い出の故郷が津波で流されてしまった友人も参列していた。そんな痛みを、できることなら少しでも分かち合いたい。日本人もミラネーゼも、そんな気持ちだったに違いない。

(無心で祈るミラノ大司教)

ロジックの違い
世界中が日本を助けたいと思っている。この一週間、たくさんの友人が電話やメールで声をかけてくれた。道で会うだけの近所の人でさえ、家のベルを鳴らしてくれて、「助けられる事があれば言って欲しい」と言ってきた。我々が思っている以上に彼らは、今、日本の事を思ってくれている。そんな世界の想いに答える方法は、唯一、その助けを素直に受け入れる事だと私は思う。

日本の様に、「お返しが大変だから、助けを求めない」というロジックはキリスト教圏にはない。無礼かもしれないのだが、ロジックとして「返す」必要がないのだ。

例えば、ストリートで人の写真を撮っていた時、日本のホームレスが恵みを乞う事が、まずないのに対し、こちらでは堂々と助けてくれと手を差し出してくる。「返す」必要がないのだから、助けられる事に対しての照れがない。慈善活動はイメージアップのためになされるとも限らない。ホームレスを助けたって、何の得にもならないのに、それは日常の小さな慈善として、さりげなくなされる。

キリスト教徒が差し出した時は、いわゆる「お返し」はあまり期待していない。むしろ「友情や連帯感という見えない見返り」が欲しい場合が多いだろう。日本人は偽善と呼ぶだろう、滅私奉公ではなくて、それは助けたいと言う欲でもあり、なにより連帯感と言う見返りの方が、心理的な距離感として、うざいと感じるのかもしれない。このロジックの差は、あまりに大きく唖然としてしまうぐらいだ。


(ミラノ日本総領事と枢機卿の握手)
 
友のために命を捧げる、これ以上の愛はない
原発の事故が起こった直後、日本政府は様々な支援を断ったと言う記事を読んだ。米国軍は、無人の飛行機がクリアーな写真を取り、無人の放水設備が核を冷やすことも出来るのだと言う。フランスのサイトは福島の原発に関して、日本語で発信しはじめた。ロシアのラジオでは、日本政府は決めるのに5分で済む事に、様々な委員会を設立して決めようとしていると呆れているそうだ。各国からのガイガーカウンターの寄付を、政府機関が税関で断っているとも言う。支援の受け入れ先の検討などに何日も費やし、時期尚早と返事をしていると言うのもあった。これでは、助けたいにも、助けられない。ただ、そんな間にも、大げさに言えば、今この瞬間でも、現場では作業員が被曝しているのだ。

一刻を争う有事の時は、みんなと話し合いをしている場合ではない。リーダーは自分の責任で即刻決めるベきだろう。国家レベルの厄介でうざい友情(?)も、白旗を出して受け入れるべきなのではないか?

相対的に現場で活躍する無名の志士達の行動力と良心が浮かび上がって来てしまう。今でもずっと、自己犠牲して原発で事態の改善に当っている。海外メディアが、かなりの悲観論を唱えていた時、この無名の志士達の活躍は想定外だったのかもしれない。カミカゼ的な自己犠牲の精神が、現代の豊かな日本に残っているとは思っていなかったはずだ。その想定外な活躍のおかげもあって、海外メディアが予想した様な悲観的な事態には、今の所、まだ至っていない。

「友のために命を捧げる、これ以上の愛はない」とキリストが言った事を、このミサで神父が触れていた。我々は無名の志士の功績に対し、どう感謝すれば良いのか?

「決死」以外の方法は?
しかし、この「決死」の作業と言うのを避ける方法はないのだろうか?我々は、この名もない作業員に頼りすぎてはいないだろうか?原発で寝泊まりする彼らは毎日確実に被爆している事だろう。「決死」という日本人のロマンを避けるべく、人道的な方法を本当に探しているのだろうか?

原発事故に関し、申し出ている国の支援を、なぜ、ただちに受けないのか?国際世論は、日本政府の情報隠蔽に苛立っている。原発関連の情報発信の少なさに首をかしげている所なのだ。世界のスペシャリストは更なる情報開示を待っている。世界の知恵を結集するべきなのではないか?

海外支援を受けると、今後の日本の原発輸出の国家プロジェクトに不利になると言う。しかし、そんな場合ではないのではないか?決して、予断の許す状態ではないと言うのが実際の状態であり、ノラリクラリの戦略では、放射能が水や土に染み込んで行く事もあるだろう。そうなると、元々狭い国土に、何万年も死の土地ができてしまう可能性もある。今回はいさぎよく「負けて」、他にも助けを求めて、国民と国土を守るべきではないか?


(ミラネーゼでドゥオモ教会が満席になった) 

天使の出陣式
一部の被災地では土葬がはじまったと言う。 火葬が一般的な日本では馴染みのない習慣である。火葬場も遺体安置所も間に合わないらしく、首長が決めたそうだ。今回の災害の大きさを物語っている。安らかな眠りに着く事を祈るばかりだ。

生き残った被災者も、まだ悲惨な状況にあると言う。ネット上だと、海外の新聞社サイトの写真が、苦々しくも饒舌に物語ってくれた。避難所の生活や救助活動を、一歩ひいた目線で撮った写真がセレクトされており、この際、外国人の冷静で遠慮のない客観報道を見る価値があると思われる。

東京も全然普通には機能していないと言うし、ここ数日は水道の水も乳児には飲ませないようにとの事だ。余震も、ずっと続いているらしい。

ところで、ミサのお焼香の最中には煙りが大聖堂内部を覆った。その煙にみんな、見とれていた。後で聞いたのだか、その煙の中に天使がいたと言う。あのミサは、天使の出陣式だったのだ。イタリアの天使が日本に向かっている。

届け、ミラノからの祈り。

 
 


Tuesday, March 22, 2011

震災とインタビュー


ミサの告知記事の隣に
震災について、カトリック系の新聞のインタビューの受けた。被災者でもないので、私には語る資格などないようにも一瞬思えたのだが、とにかく在ミラノカトリック教徒の日本人に日本の話を是非とも聞きたいと言う事だったので、喜んで協力した。

インタビューなので、自分の意見などは多少、封印し、ひたすら質問に答える事にした。多少の脱線は記事に動きを与える事があるものの、大きく脱線し過ぎても書けない事が多い。3月20日の日曜日にはDUOMO(ミラノの大聖堂)で、震災の日本人の為に祈るミサが予定されていた。私もジャーナリズムに関わるゆえ、そのミサの告知記事の隣辺りに私の記事が来る事も何となく予想できた。
 
(3月20日版のAvvenire。Giapponese(日本人)の文字が。
ミサをの告知と、私のインタビュー記事)


家が津波で流された友人の家族の話や、暖房や食料もままならないのに、被災地で風邪を引いている友人の話をした。日本は豊かな国だが、今、日本は現実的な助けを必要としているのだ。

私は、遠くミラノに住んでいて、震災には関係ないようだが、仕事や用事のない時間はすべて震災関連のニュースをネットで集めている。海外ニュースと国内ニュースで温度差があり、その差の理由などを、またネット上で漂流して探すといった具合だ。のめり込みすぎて、吐き気を感じたりする事もある。共感疲労と呼ぶらしい。記事のタイトルには、「Sto male , ma devo essere forte (具合が悪くなったりもするけど、しっかりしなくてはならない)」と書いてあった。

日本人全員で倒れるわけにはいかない。被災者ではない私たちはなんらかの形でサポートに関わらなくてはならないのだから。

東京の友人達が、なるべくいつも通りに働こうとしていると言う話は、とてもリアルに感じたようだ。海外トップニュースは、津波や地震のハイライトが多いからだろう。現時点で東京が止まってしまったら、日本全体が止まってしまう。 みんなパニックを起こさない様に、落ち着いて暮らす様に心がけているはずだが、「きっと心の中では心配などが募っていると思う」と私は自分の想像で勝手に答えた。そんな自分の弱さもさらけ出すのが、カトリックの教えなので、私はついそんな風に答えてしまったのかもしれない。

インタービューの日は静岡でも地震があったばかりで、それについても触れる事となった。私は、その日、ネット上で震源地の地図と日本の地図を重ねたものを見た。震源地は、ほぼ富士山だった。「富士山を震源」と言わず、「静岡県で強い地震がありました」と伝えるニュースに、私は却って不安になってしまった。富士山は地理的にも日本の中心だが、精神的にも中心だから、富士山はぜひとも無事であって欲しい。静岡県には浜岡原発もある。

原発についてはとりあえず一行
原発については、そのテーマだけで、イタリアでもゴールデンタイムに1時間程の特別TV番組を組むぐらいの大問題と捉えられている。だから、この記事では深く入るのを避けたのだろう。「体を張って働いている無名の志士に、我々は祈りを向けている」事が、一行触れられていただけだった。原発に関してはヨーロッパの世論が、大きく揺れ初めている。地球温暖化問題と原発推進は両輪で連動していただけに、これからも議論が続くだろう。

日本人なら、この苦難を超えられる。そう、みんな思っている。神は超えられない苦難など与えないのだから。でも、今、我々は助けを必要としている。そして、世界は日本の事を助けたいと思っているのだ。カトリック系の新聞社も、私へのインタビューでそれを再確認したかったのだろう。どう助けたら良いのかは、彼らもオファーしてくるだろうし、我々から頼んでも良い。もう、具体的な方法を探りはじめている段階に来ている。

記事が新聞が載った日、ミラノ郊外の教会の見知らぬ神父から早速メールが来た。日本のコミュニティーと対話を持ちたいという申し込みだった。

何かと忙しくなりそうだ。もしかすると、震災の影響で日本の媒体の仕事は減るかもしれない。それは、ちょうど良い。「日本の文化とか、今の状況とか、じっくり対話してやろうじゃないか。。。」ついでに、募金も集めてこよう。

イタリア人の日本への興味は、ここ数年かなりのものだ。空前の日本食ブーム、おしゃれなクールジャパン、教育水準の高さ、他人を尊重する態度。それに震災で見せた落ち着きとカミカゼ魂、、、、興味がつきないのだろう。

今朝は、電話で起こされてチャリティー美術展覧会の企画の連絡があった。メールにはテレビ局がインタビューに答える日本人を探していると言うメッセージが。。。

海外在住17年。たまにしか帰国もしないけど、日本人として産まれた自分に相変わらず感謝。


 (L'articolo in Italiano. Clicca l'immagine per ingrandire)



Thursday, January 13, 2011

Facebook(フェイスブック)の仕業


ソーシャルネットワーク 
私の住むイタリアでは、若い世代を中心にEメールだけでなく、Facebook内で、カジュアルにやり取りするのも日常化してきている。Facebookとは、いわゆる「SNS」(ソーシャルネットワークサービス)の事。自分自身の顔写真をページに貼り、実名で登録する。友人などのつながりを広げ、情報をネットワークで共有したり、自分の旅や日常の写真をアップして自分が主役のアルバムなどを作って行く。世界的には、ユーザーが5億人を超え、Googleよりもページビューが多い世界一のサイトとなった。
日本にも「Mixi」というSNSがある。匿名の登録が多いのが日本的特徴であり、そこがFacebookとの最大の違いと言えるかもしれない。 

時代遅れの肖像権
初めてその存在を知ったのは数年前で、大学院生のAnnaに招かれて行ったパーティーでの折だった。
知り合う若者たちが、「私もFacebookに登録しているから、友人申請してくれる?」と口々に私に言ってきた。戸惑う私を見て、「私はAnnaの友人だから、彼女のページの友人欄に行けば簡単に私の顔写真をみつけられるはず!」と丁寧に説明してくれた。確かに、パーティーでおっちら携帯電話の番号を交換するよりも、コミュニケーションはよっぽど洗練されている。そして、パーティーの数日後 には、みんな自分のデジカメで撮ったパーティー写真をFacebookにアップしていた。
写真の画像内にカーソルを動かして、誰かの顔の所に照準をあてるとその人の名前がでてくるようにセットアップ することもできる。そうやって写真の交換をし合い、膨大な写真日記のアーカイブがある若者も少なくない。パーティー写真をブラウズして行くだけで、友人の友人などの名前なども自然に頭に入っていく。
当然、私の顔写真が知らないうちにアップされていることもある。しかし、肖像権などを問題にする空気はまるでない。そんなことを心配していると、ネット社会に馴染めぬオジサン扱いにされてしまう様な勢いだ。フォトグラファーである私にとって、著作権や肖像権の問題は常に尊重すべきものではあるのだが、インターネットメディアの発展で、著作権や肖像権に対する意識はより曖昧になってきている。気にする方が時代遅れなのかもしれない。
そうした無政府状態で作り上げたネットワークが、お互いに次のイベントの招待状の送り先になっていく。「インターネットという仮想空間」と「現実に触れ合えるイベント」がうまくリンクしているのだ。 

汗を流して熱唱するマリオのライブ。CDでは味わえない迫力。
http://www.netherfall.com/  

Facebookの仕業
ミラノのあるEnoteca(ワインバー)で、細々とやっていたワインのテイスティングの会が、ある日突然、若者で溢れかえったという話を聞いた。 Facebookで「ただ酒が飲める!!!」という情報が流れた結果なのだそうだ。
私も実際に、工業デザイナーの新作発表会や前衛アートの画廊のオープニングに、いつになく若者が溢れかえっているのを何度か見た。あるイベントで、予想外に大勢の若者がやってきたとすれば、ミラノではまずFacebookの仕業と思って間違いない。
ミラノ在住のアメリカ人の歌手のMarioは、そんなFacebookを使いこなしているひとりだ。3年前くらいから、ディスコでのパーティーや自分のライブコンサートなどを催している。最初は二十人くらいしか客しかいないときもあった。エクスクルーシブな特権的な雰囲気があり、それはそれで クールな感じだったのだが、Facebookの噂で、数ヶ月もしないうちに何百人もの若者が出入りする様になった。
Marioと彼の友人たち(そしてそのまた友人たち)が企画したハロウイーンパーティに招かれた事もあった。いつも通り、招待状はFacebookを通して送られてきた。
イタリアでは11月1日は「諸聖人の日」で祝日。翌日の2日は「死者の日」で、菊をもってお墓参りに行く日とされる。日本のお盆のようなものだ。ハロウィンはそれらの前夜祭にあたるのだが、そもそもイタリアではそれほど馴染みのあるイベントではない。元々はケル ト民族、今ではアングロサクソンのお祭りで、日本と同じ様にアメリカ人の若者などによって持ち込まれたお祭りなのだ。
とにかく、ハロウィンナイトでは、飲んで踊って精霊や魔女が人間界を訪れる日を祝った。そしてみんなで写真を撮り合って、その写真は即日ネット上にアップされた。時代は疾走している。 

 
ミラノの街には、オシャレなヴァンパイアーがよく似合う

マドンナの英断  
ふと、マドンナのことを思い出した。マドンナは数年前、デビュー以来25年に渡るパートナーだったレコード会社との契約を更新せずに、イベント会社との契約を交した。活動の軸足をCD販売からコンサートに移したと言っても良い。ハッキリいって、今やマドンナの新曲を買わずして手に入れるのは至極簡単である。インターネットとデジタルテクノロジーの進化によって、簡単に完璧なコピーが手に入る時代だ。
もうすでに、マドンナサイドとしては、著作権がどうのこうの細かく吠えるつもりはないのだろう。今まではCDの販売促進のためにコンサートをしていたが、これからはその逆を行く。つまり、CDやその違法コピーは、コンサートに来てもらうための宣伝材料にしてしまうという逆転の発想だ。U2なども、このビジネスモデルを追随している。そして、ミュージックビジネスで今最も成功しているのが、すでに、このモデルだと言う。

「インターネットという仮想空間」と「現実に触れ合えるイベント」、この2つをうまく組み合わせて行くのが今後のテーマになっていくのかもしれない。確かに、汗流して熱唱する歌手を、実際に目の前でみた方がよっぽど楽しい。生のヴァイブレーションの迫力は、 CDやDVDには適わないのだから。