Friday, May 27, 2016

エルサレムで出会った白い光と、聖母マリア。


僕のスピリチュアルな旅は、20代の半ばで訪れたイスラエルから始まったのだと思います。「西洋美術や世界の政治を理解するには、まずは、歴史の交差点イスラエルへ行ってみるしかない!」実は、そんな好奇心だけが旅の動機だったのです。

古都エルサレムでは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地の距離感が想像以上に近く、ほとんど重なるように存在している事に驚きました。土地のエネルギーがよっぽど強いのでしょうね。例え宗教と言うモノが世界からなくなったとしても、根っからの永遠の聖地なのだと思います。物見遊山でそれぞれの祈りの場を訪ねて体感してみました。
 
宗教心もなく興味本位だったにも関わらず、どういうわけかキリスト教の古い教会で不思議な事が起こりました。聖母マリア像の近くにいたのですが、全く突然に、むせび泣く様に泣き崩れてしまったのです。柔らかで暖かな光に四方八方から包まれた様に感じました。
雲のようにフワフワで白く大きな存在と表現しても良いかもしれません。果てしない無限の愛との一体感が嬉しくて、すべての感情が吹き出していた感じでした。5分泣いていたのか1時間泣いていたのか時間の感覚もなく、後にも先にも、あのような100%の幸福感は味わったことがありません。そして、今までの人生のどんな旅も、その白い存在が一緒で、決して孤独ではなかった事も知りました。

巡礼地の教会というのは、たくさんの旅人が行き交うために騒々しく、清々しい雰囲気などありません。そんなザワザワした人々の動きを涙ごしに眺めながら、異次元の白い光の世界を同時に見ていました。矛盾なく二つの平行世界が同居していたのです。探し求めていたわけでもないのに、多分、僕はある種の神秘体験をしたのでしょう。

そして、当時住んでいたニューヨークのアパートに戻り、旅の白黒フィルムを現像してみて、また驚きました。聖母マリア像の額の第三の目が光り、目も涙で濡れている様にも見える、不思議で生々しい表情の写真が浮かびあがってきたのです。

聖堂内のろうそくの光などが、偶然に反射しただけなのだと想像します。撮影時は泣きじゃくっていたせいか、その反射に気がつかなかったのです。とはいえ、聖母マリア像の両目への光の反射が涙をためているような表情を演出し、別の光が額の第三の目のところでバッチリと反射していたことになります。そんな完璧な偶然は、そう簡単には起こらないはずなのです。その後、好奇心で似たような写真を意図的に撮ろうと何度も試みましたが、全く似ても似つかない写真しか撮れませんでした。

この白い光との出会いの体験をしてから一年以上、この出来事を誰にも話すことができませんでした。何をどう話していいのかわからなかったのです。そして、何年も後になって、その教会がエルサレム聖墳墓教会と呼ばれ、僕が号泣した辺りが、イエス・キリストが十字架で磔刑にされて亡くなったゴルゴダの丘とされている事を知りました。

聖母マリア像の写真ですが、額の第三の目のチャクラ周辺が光っているために、東洋の仏像のように見える事が長年気になっていました。西洋の聖母マリアでありながら、東洋の観音菩薩にも見える不思議な写真。実際は聖母も観音も、宗教を超えた世界では同じ存在なのかもしれません。ただ単に、西洋と東洋の女神の解釈の違いなのではないでしょうか。いずれにせよ、この写真の偶然を必然と捉え、いつかスピリチュアルな視点で、西洋と東洋の「橋渡し」や、様々な「際」を外していくような仕事がしてみたいと願うようになりました。

エルサレムへの旅行を境に、少しづつ異次元世界の存在を信じるようになり、人生の目的自体、ひっくり返ってしまいました。号泣した時に目の前にいた聖母マリアを、自分の人生のボスと思うようになりました。地球上のすべてに反抗したとしても、聖母マリアには従順でありたいと思ってしまうのです。
 
しかし、あの白い光は、何だったのでしょうか?聖母マリア自身?もしくは彼女から送られてきたメッセンジャーの天使だったのかもしれません。

この写真を見るたびに思います。一体、聖母マリアは僕に何を伝えたかったのでしょうか?

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