Tuesday, December 29, 2015

矛盾を縫い合わす妙薬としてのエスプレッソ


イタリアも、日本同様に南北に長い地形ですが、「一律の美」を尊ばない人たちだからか、文化の地域差は日本以上に大きいように感じます。

自分が住んでいるミラノから南下していくと、一番驚くのはなんといっても食事。南へ行けば行くほど、食事にかける時間と量が増えて行くのです。オモテナシ の食事に呼ばれると、3時間は当たり前、10皿越えなんて事も。しかも、美味しいのでギブアップ気味なのに悲鳴をあげつつ、ついつい食べてしまうのです。 イタリアでも特に南の人は怠け者で有名ですが、食事を見る限りでは、とんでもない。要するに、怠けるポイントが違うという事なのでしょう。考えてみれば、 世界中で愛されているイタリア料理の定番、ピッザもパスタも南イタリアが発祥ですからね。


そんな食事に付き物なのが、とめどないコミュニケーション。「テーブルでの会話は、棄権がありえない日々の闘いなんだ」とイタリア人の友人が言うのを聞いた事がありました。

 そんなに知らない同士でも、上手に共通の話題を探してきます。例えば、「今年のバカンスはどうだった?」なんて、当たり障りのない、それぞれのバカンス自慢から始まります。「あそこの海は、こんなに綺麗だった」なんて話から、アフリカの砂漠や、日本などのエキゾティックアドベンチャーの話まで幅もあり、とにかく、それぞれがハッピーであれば良しとする感じ。
 
僕らガイジン勢がいると、「ところでイタリア人って、どんなイメージがあるの?」と質問されたりもします。「シャツをはだけてカッコつけた男が、赤いオープンカーに乗って、女性に声かけているイメージかな」なんて、我々の一人が答えると、「そんな奴どこにいるんだ?」と大笑い、一気に盛り上がります。イタリア人の一人が、いかにイタリアのエレガンスが勘違いされているかの直感的な議論をぶちつつ、当たらずも遠くない我々の指摘を素直に聞き入れる人もいるカオスな状態になってきます。

話題は脈絡なく変わっていき、ワインが効いてくると、日本ではタブーとされる「宗教、政治、スポーツ(イタリアでは主にサッカー)」などの話題になる事も。その頃には、それぞれの思想や贔屓チームの、論理なき意見対立が激しくなっていき、コミュニケーションの佳境に入っていくのです。

地中海文明でも「La Verita ラ・ヴェリタ」、要するに「真理」は一つとされてるらしいのですが、テーブルでの議論ごときが「真理」に到達している事はあり得ないと言う前提なのでしょう。それぞれが自分の意見を直感的に表明するだけで、議論を一つにまとめる気配は全くありません。


 料理と議論でお腹一杯で、いつ、どうやって食事が終わるのだろうかと心配になってくるのですが、そんなタイミングで、食事の最後につきものであるエスプレッソが、意味ありげにうやうやしく登場するのです。これが一応、暗黙の「締め」となり、静かなゴングの合図となります。エスプレッソが、ひと役買ってくれたおかげで、なんとも言えない、ほっと一息の瞬間がやってくるのです。

ところで、イタリア製の洋服は非構築的で柔らかで色気があるとされています。なぜ、そんな特色がでるのでしょうか?一つ例をあげると、あえて縫いしろの長さが違う二つの布を縫い合わせる事があるんです。布は多少伸び縮みしますので、短い方の縫いしろを引っ張りながら縫うと、帳尻があうのです。そこにアイロンをかけると、布が微妙に引っ張り合い、テンションがかかって、見事な立体感となるのです。要するにイタリア服の秘密の元は矛盾。矛盾を縫い合わせているからこそ、色気があって随一なのです。彼らのコミュニケーションの思考回路にも通じるのが不思議です。

食事の後のエスプレッソが、殊更美味しい理由がわかりました。過剰なオモテナシで我々がギブアップ状態の食事や、結論も脈絡もない議論など、洋服のように様々な矛盾のパーツを縫い合わす妙薬の役割を果たすのが、最後を締めるエスプレッソなんです。コーヒーの香りを楽しみながら「お前と俺は意見も違うけど、まあ良い奴だし、また今度食事しよう」と言った許し合いで、人間関係までも立体的に縫い合わさるわけ。終わりよければ、すべて良し。恐るべし、コーヒータイムですね。そんなコーヒータイムが、後で来る事を知っているからこそ、安心して食事中は好き勝手な議論になるのかもしれませんね。

コーヒーの後は、帰り支度を始めるのも自然な流れ。話し足りない場合は、場外乱闘とも言える食後酒へ突入する事も。こちらは棄権が可能だそうで。。。






雑誌「珈琲時間 2016年2月号」に掲載した文章を加筆転載させて頂きました。全国の書店、アマゾンなどで販売中です。

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